ある男子高校生の日記帳
このお話は「ある女子高校生の日記帳」とリンクしています。
どちらから読んでも構いませんが、どちらも読んでいただけると嬉しいです。
4月16日(月)
彼女を意識し始めたのは、私が高校2年生になりたての頃であった。
私の乗るバス停より5つ後のバス停から乗ってくる彼女は、いつも手すりにつかまって携帯をいじっている。私はいつも、一番後ろの乗車口側の席に座っていたので、その姿が毎日のように目に入ってきた。いつも同じ手すりにつかまっていたので、だんだん彼女のことを私は無意識のうちに覚えてしまっていた。
私は制服には詳しくないので、見ただけではどこの学校の子かは分からなかった。偶然いつも同じバスに乗り合わせる高校生の女の子。私にとって、彼女はそんな存在でしかなかった。
4月25日(水)
帰りのバスでも、彼女と同じバスになることが増えてきた。行きのバスが同じなので、帰りのバスも同じになることはよくあった。しかし、この日は少しいつもと違っていた。なんと、その彼女が偶然自分の席の隣に座ったのである。いつもバスの後ろから見ていた彼女が、今は自分の隣にいる。そのことに何故か少し緊張して、同時に、こんなにすんなり隣に座ってくるということは、私は彼女にとって他の乗客と大差なく、いつも同じバスに乗っている人だなんて、全然気づかれていないんだなと少し寂しくもあった。
その日の夜は、最近面白いと話題の学園ドラマがテレビで放送していた。私は、それを毎週楽しみにして欠かさずに観ていた。だが、その日ばかりはどうしてか、ドラマの内容が全く頭に入って来てはくれなかった。
5月10日(木)
最近、彼女は友達と一緒に居ることが多くなってきた。バスの中で、彼女は友達といつも楽しそうにお喋りをしていた。いけないことだとは思っていても、どうしても彼女とその友達との会話に耳が傾いてしまう。これは聞いているわけではなく、聞こえてきているだけだと、いつも自分を正当化していた。彼女は明るく、よく話す子であった。彼女から友達に話題を振ることが多かった。
「ねえねえ、昨日のドラマ観た?学園ドラマのやつ!」
「あー、ごめん、観てないやー。」
「えー、なんだーそっかー……。すっごく面白いのになー。」
私はいつも通り、何も聞こえていないような顔で、ずっと窓から外を眺めていた。
6月26日(火)
この日、私は風邪を引いてしまった。風邪を引くのなんて、何年振りだろう。私は学校を休み、家で寝ていることにした。
(今頃、バスに乗ったかな…。)
風邪のせいで、私はどうかしてしまったのだろうか。彼女のことが、頭から離れない。理由はわからない。今、私は風邪を引いて静かに寝ており、熱もあり、食欲は無い。いつもと違う日を過ごしている。そんな中、きっと彼女は、いつもと変わらない日常を送っているのだろうな。
私の中には、ずっと彼女が存在していて 彼女の中には、私は存在していない。
それが、なんだというのだろうか。風邪を引いた頭でいくら考えても、答えは出てこなかった。
7月9日(月)
季節は夏。学校では、今月の28日にある学校祭へ向けての準備で盛り上がっていた。
学校祭。私も去年は、中学校時代の友達が通う高校の学校祭へ行った記憶がある。バスでいつも会う彼女の高校は、一体どこなんだろう。もし、高校がわかれば遊びに行けるのに……。
7月28日(土)
今日は待ちに待った学校祭。私のクラスは、たこ焼きを売っていた。他校の生徒もたくさん遊びに来ていた。私のたこ焼き屋での仕事は、主に受付であった。たこ焼きを買いに来たお客さんからお金を受け取り、たこ焼きを渡す。簡単な仕事である。
「す、すみませーん。たこ焼き、1つください。」
「はい、たこ焼きひと……?!」
そこには、やけに見慣れた顔があった。それもそのはず、それは確かに、毎朝バスで会う彼女であった。あの彼女が、偶然にも私の高校の学校祭へ友達と遊びに来ていたのである。
「は、はい、どうぞ……。お、お熱いので、おお、お気をつけて、おお、お食べ下さい。」
「は、はい、ありがとう……ございます。」
それが、私と彼女の初めての会話であった。緊張して、頭は真っ白だった。
変なこと言わなかったかな?変な動きしてなかったかな?
彼女は制服で来ていたので、すぐに友人にどこの高校の制服かを聞き、彼女がどこの高校に通っているのかを知ることが出来た。その後は、もうそのことで頭がいっぱいだった。シフトが終わるまで残り30分。今すぐにでも、彼女を探しに行きたい。かつて、これほどまでに30分を長く感じたことは無かった。自分の高校の学校祭に、彼女がたまたま遊びに来た。別に自分に会いに来たわけでもないのに、その偶然がなんだかすごく嬉しくてじっとしていられなかった。
8月3日(金)
学校祭が終わってから、1週間が経とうとしていた。あの日の出来事は、まだ記憶に新しい。私は彼女と会話をしたということを明確に覚えている。でも、彼女はどうだろうか。
「きっと、覚えてないだろうなぁ……。」
8月20日(月)
学校祭で判明した彼女の高校。その高校には、確か中学校のときの部活の後輩が通っているはずだった。恥を忍んで、その後輩に話を聞いてみようか。でも、何を、どうやって聞けばいいのだろうか。
9月14日(金)
私は1ヶ月近く悩んだ結果、やはり後輩に話を聞いてみることにした。彼女のことが、どうしても頭から離れず、胸が苦しい日々が続いていたのだ。理由は分からない。でも、誰か人に話せば少しは楽になれるかもと考えていた。後輩にその話をすると、その後輩は何故か楽しそうな様子で、とんでもないことを言い出した。
「僕、その子と仲良いんで彼女のアドレス聞いてきてあげますよ!」
私は戸惑った。彼女のことを知っている誰かに話を聞きたかっただけなのに、まさかこんなことになろうとは……。私は後輩を止めたのだが、後輩はいいからいいからと、どこか楽しそうであった。
それから、彼女のアドレスが私の元に来るまではすぐであった。
近くて遠い存在だった彼女が、今はもう手の届く距離に……。
これが、私と彼女の出会いの始まりであった。
さて、もうこの日記帳に残っているページもあとわずか。
私と彼女のこれからのお話は、別の日記帳にでも、いつか記すことにしよう。
お読みいただき、ありがとうございます。
このお話は「告白」に続きます。
そちらの方も、どうぞよろしくお願いします。