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《ジーク・ディルマン》その2


「なんだってこんなことに〜」


俺は未だかつて発したことのないほど、情けなさいっぱいの声で、自問していた。


なぜなら、全くもって人外魔境な思考の持ち主である目の前の女に押されっぱなしの振り回されっぱなし状態で精神崩壊間近だったからだ。


「ジーク様。大丈夫ですか?」


「てめぇのおかげで、大丈夫じゃなくなったわっ!」


「いや〜ん、せっかく名前を教えたのですから、名前で呼んでください」


「……」


斜め座りであさっての方向を見つめる俺の気のない素振りも奴には、全く効果なし。


「ノエルって呼んでください。旦那様 」


「ぐっ……」



一見天然馬鹿に見えて、計算高い。


超強力ゴリ押し女に、俺のささやかな反抗も木っ端微塵こっぱみじんに吹き飛ばされる。


「さん、はい!」


そして、こいつの弾む掛け声に俺はとうとう敗北宣言した。


「ノエル……」


「聞こえません。もう一回言ってください」


「だぁー! 何回も言わすんじゃねぇ! ノエル!」


テーブルの向かい側に座るノエルのほうに、身を乗り出し、威嚇するが、それさえも、あいつには効かない。


「はい。何ですかぁ?」


頬を染め、満面の笑みで、見つめてくるノエルの周りにお花が四方八方に飛び散っている様は、俺が心の中で欲している反応とは全く違うー!


それが、余計に俺をグッタリさせやがる。



俺の目の前にいる女の名は『ノエル・ブランジェ』。

まさか、ノエルがあのブランジェ家の人間だとは思わなかった。


ブランジェ家もディルマン家同様、十公爵の中でも序列は上位。


こんな阿呆で馬鹿でボケまくっている奴が、超名門ブランジェ家の一員とは、びっくりを通り越して、いっそ哀れになってくる。


こいつはブランジェ家のいわば、『おちこぼれ』だろう。


確かにこいつの魔法は、強い威力を持っていた。


だが、正常に発動しない上に、制御不能。


使い勝手の悪すぎる粗悪魔法だった。



『ディルマン家のはみ出し者である俺と同じ』



魔法センス皆無の者が生きるには難しいほど、十公爵の家名とそれに連なる者の責任、しがらみは重い。


この俺でさえも容易に抜け出せないぐらい。


俺は、このとき初めてノエルに同情を感じた。


「はぁ〜」


「ジーク様? やはりどこか調子がおかしいのではないですか?」


ため息をつく俺を心配そうに、上目遣いで見るノエルの頭をぞんざいに撫でる。


まぁ、第三者から見れば、大きな手で頭をわしづかみ、ぐりんぐりんと頭を揺らし、いじめているように見えただろう。



「大丈夫だ」



そう言って、手を離せば、ノエルはうれしそうにアイスティーに手を伸ばす。


言ってなかったが、俺たちは今、学園のカフェテラスいる。


ノエルのお気に入りの場所を色々巡ったあと、ここに行き着いた。


入学して三日という短さにもかかわらずノエルは学園内のことをよく知っている。



景色がいい穴場スポットや合唱部、オーケストラ部の演奏が聞こえる所も知っていたし、飼育小屋にいる動物たちと触れ合えたりもした。


言動は本当に馬鹿だが、感受性の強い、優しいやつなのは、分かった。


悪気はないのだ。


だが、あんな魔法を気軽にポンポン撃たれちゃかなわない。


俺はノエルに率直に、簡潔に言った。


「お前さぁ〜、もう魔法を使うな」


「はい〜?」


唐突に言われ、ノエルは目を丸くしている。


「普通、魔法ってのは、発動者である術者を巻き込むことはない。どんなに強力な魔法も発動時は防護壁が自然発生し、術者を守る。だが、お前の凶悪魔法は、教科書通り、セオリー通りには、発動しない。防護壁に関しても同じだ。お前を守るべきものが正常に働かない以上、あまりにも危険すぎる。やめとけ」


「そうなんですか〜?」


「あ〜?」


首が斜めに傾いて、気の抜けた返事。


こいつ今まで知らなかったのか、防護壁が張られていないこと……。


いや、こんだけ周り―ていうか、現在俺だけだが―を巻き込む、はた迷惑魔法だ。

家でも絶対やらかしてるはず。


親が全く知らないとかないだろう。


「家族に言われたことないのか?」


「う〜んとですねぇ」


今度はグラス片手にストローを加えたまま逆方向に傾いた。


「呪文を唱えて、魔法が目の前に現れてから、動くまで、いくらか時差があるから、ヤバイと思ったら、すぐ逃げろ。それが、魔法を使う上でのコツだとアドバイスしてもらったことがあります」


「それだ」


「でも、自分の魔法で怪我したことはないので大丈〜夫」


「……お前がよくても、俺が困る」


ずっと付きまとわれそうな可能性大の俺が一番の被害者になるに決まっている。


そういう意味で、言ったのだが、見事にねじれた解釈をされた。


「私のことを心配してくださって、ありがとうございます」


「ああ」


もう勘違いされてもいい。

大人しくしてくれれば、それで……。


だが、ノエルは強情な夢見る乙女だった。


「ですが、私の夢はブランジェ家始祖のような超一流の魔道士になることです。なので、これからも魔法をたくさん覚えて、いっぱい練習しなければなりません。ですから、やめませんよ〜」


「身の程をわきまえろよ」


こんな奴が超一流、しかも十賢者と呼ばれた始祖を目指すとは、頭が弱いにもほどがある。


『少年よ。大志を抱け』とはよく言うが、抱きすぎだ。


しかし、ノエルはこぶしを振り上げ、気合十分に自分の野望を披露する。



「難しいことは、百も承知。でも、私は必ず歴史に名を残す大魔道士になってみせるのです!」


熱く語るノエルとは対照的に冷めた目で俺は余計な一言を言ってしまった。


「ほほう、そうか。なら、未来の大魔道士様は、ここグランフォートでもさぞかし、成績がいいのでしょうね」


俺の言葉にノエルが固まる。


「おい、ノエル?」


目の前で手を振っても反応なし。


さすがに言い過ぎたかと思ったその時、ノエルの絶叫が木霊した。


「すっきり、さっぱり忘れてましたー!」



その大音量の叫びに、カフェテリアにいた生徒全員の注目を一身に浴びる俺たち。


「馬鹿! 声がでけぇ!」


恥ずかしさでいっぱいの俺は声を荒げたが、ノエルは耳に入っていないようで、しきりに何かを探していた。


「あれ? ない。ないです〜」


挙句の果てに、テーブルの上で鞄を逆さまに振り、中身をすべてぶちまけるが、目当てのものはない。


「おい、何を探してんだ?」


見るに見かねて、口を挟むと、うるうるした瞳で見上げてきた。


「魔道書が、魔道書がどこにもないんです?」


「魔道書?」


あきらめきれないのか、ノエルはテーブルの上の本のタイトルを何度も確認する。


「『初級魔法教本1』

がないと、私の人生計画が一週間も経たないうちに狂いまくってしまうかもなのです」


『初級魔法教本1』というキーワードから、脳内検索すると、確か魔法学校1年生で習う魔法について書かれている本だ。


自分のところにも教科書が送られてきて、その中にあった。


暇つぶしに数ページ読んだが、本当に初歩の初歩魔法ばかりで、あくびが出たのを覚えている。


ファイアーボールなんて、今さら目ーつぶっててもできるぜと思ったところで、ハタッと思考が一時停止した。


遠い記憶のように感じたが、考えてみれば、ごく最近、しかも今日、数時間前に、ファイアーボールの呪文詠唱を聞いたはずだ。



そんでもって、結構威力ある一撃をくらったよな。


今目の前にいる奴に。


よーく記憶を掘り起こせば、俺は、本のありかをしっている。


なぜなら、俺の眠りを妨害しやがった四角い物体の正体がやっと分かったからだ。


「おーい、鞄をどんだけ調べても出てこねぇぞ」


「へ?」


泣きべそ、鼻水のノエルの顔にぷっと吹き出す。


「お前、ひどい顔だな」


「笑わないでください。あれがないと地獄行き決定なのです!」


意味分からんことをのたまっているが、あまりの必死さにいじわるするのもアレだから、俺はヒントを出してやった。


「ここに来る前、お前どこで何してたか、覚えているか?」


「ジーク様とデートしていました」


即答するのはいいが、察しが悪すぎてガクッとなる。


「じゃなくてー、その前だよ。お前、裏庭で何やってた?」


「え〜と、魔法の練習……、あー!」


思い出した拍子に立ち上がり、椅子がガターンと後ろに倒れる。


「眠っていた俺にヒットして、草むらに落ちた音を聞いたからな。たぶん、お前が灰にした大木の近くに落っこちているだろう」


そういうと、ノエルは、俺の手を取り、また余計なことをしていった。


「ありがとうございます。じゃあ、急ぎますので、続きはまた今度」


礼だけでいいのに、ノエルは、俺のほっぺにチューをして、風のように去っていった。


「普通に帰れー!」



興味津々な周囲の視線が痛かった。


俺はうつむき加減で、席を立つ。


すると、床に一枚の紙が落ちているのに、気が付いた。


手に取り、裏を返すと、それはテスト用紙だった。


『魔法学 ノエル・ブランジェ 0点』


まさかの魔法学で0点とは、恐れ入った。


だが、あのノーコンぶりも分かる気がする。


しかし、俺はその横に書かれている数字に目を見張った。


『1年O組』


たしかに、ここまで馬鹿なら、学年最下位クラスに決まっている。


けれど、俺は懐から出した生徒手帳の印字を確認し、その場で打ちひしがれた。


そりゃ、入学試験バックレたんだから、そうに決まっているが……。


俺は猛烈に後悔した。どうせ入学するはめになったんだから、入学テストぐらいちゃんと受ければよかったと。


『1年O組』


俺は初めて開いた生徒手帳を片手に過去の自分を責めるのだった。


―後悔先に立たず―


この言葉が今ほど身にしみたことはない。


とほほほ〜。


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