《ジーク・ディルマン》その1
ジーク・ディルマン
十五歳 身長175cm
灰色の髪。アイスブルーの瞳。
俺の名前はジーク・ディルマン。十公爵の一つ、ディルマン家当主の息子だ。
俺は、超一流の魔法学校 グランフォートに入れられた。もちろん自分から進んで来たわけじゃない。
この学校に入りたくても入れなかった奴らには悪いが、試験をバックレたにもかかわらず、なぜか合格通知が届いたのだ。
理由は、分かっている。我が偉大なる父上様が裏で手を回したのだ。
俺のためじゃない。ディルマン家の、ひいては、自分の体面のため……。
十公爵の中でも、ディルマン家は、名門中の名門。
そんな家の子息・令嬢には、誰もが感心し、うらやむほどの学歴が必要だった。
グランフォート入学は最低条件。
だが、俺は、そんな学歴や体面を気にする親父が大嫌いだ。
そんな親父に反抗してきたが、強制的に入学させられた。
ある条件と引き換えに。
俺が望むものと引き換えに。
だが、無理やり入学させられたためか、やる気はゼロ。
ここでは、俺がやりたいこと、学びたいことなんかない。
とりあえず学園にいて、無事卒業することが、条件だ。
いい成績を取れとか、授業に出ろとも言われていない。
グランフォートは、ペーパーテストより、実技重視だ。それさえ、ちゃんとやっていれば、問題ない。
それに、何かあっても、またあの親父のことだ。金でなんとかするだろう。
そう目算し、俺は今日も学園の裏庭の木の上で惰眠をむさぼっていた。
「灼熱の玉よ。わが敵を駆逐せよ! ファイアーボール!」
下から、炎の初級攻撃魔法の詠唱が聞こえてきた。
こんな所で魔法の練習とは、ご苦労なことで。
そう思っていたら、悲鳴とともに、寝ている俺の頭に重くて、硬い、そして、四角い物がヒットした。
「いてっ」
何だ?~と少々不機嫌に起きると、またもや下から気の抜けた声が一言だけ聞こえた。
「あっ」
その声が耳に届くや否やまばゆい光線が俺の身を包み、次の瞬間、俺のお気に入りサボりスポットが轟音を上げ、爆発炎上したのだった。
「おわぁ!」
とっさに炎熱防護壁を張ったが、爆風にあおられ、吹き飛ばされた。
あとは、重力に従い、落下するだけ。
「いって~」
地面に叩きつけられ、背中を強打する。
あまりの痛さに悶絶していると、駆け寄ってきた人間によって、追い討ちをかけるように、バシバシ、ドンドン、平手打ちと拳の協奏曲を身体に受けた。
「だっ、大丈夫ですか!」
挙句の果てには、胸倉をつかまれ、前後にシェイク。
俺の頭がマラカスのごとく振られ、軽快なリズムを刻む。
「オ~イエェー、じゃねぇー!」
寝起き+爆発の衝撃のせいなのか、アフロでマラカス振っている黒人男になりきってしまった俺がツッコミを入れ、この俺様を妙なノリに引き込みやがった諸悪の権化の胸倉を逆につかみ上げた。
「何すんだ! てめぇー!」
『魔族も裸足で逃げるほど』と言わしめたこの顔で、強烈なガンを飛ばしてやった。
だが、相手は目も口もぽか~んと開けて、間抜け面をさらしていた。
「かっこいい……」
「あぁ?」
少し頬を赤らめて、ぽつりと呟かれた。
そして、胸倉を掴んでいた俺の手を逆に握り返してきた。
「あの、あなた様のお名前は何とおっしゃるのですか?」
「は?」
「お年は? 血液型は? ご趣味は? あっ! それからお好きな食べ物は何ですか?」
矢継ぎ早に質問される。意味わかんねぇ。
こいつ、頭おかしいんじゃねぇ?と思いつつ、目の前の女を凝視した。(にらんだままで)
女というより、子どもみたいな体形に大きな黒い瞳。それから、すこし癖のある栗毛のツインテールという容貌は小さなシマリスを思い出させる。
そう思っていたら、目の前の女の顔がだんだん近づいてきて、焦点が合わなくなった。
そして、唇にむにゅっとした感触。
俺の頭は真っ白に、続いて真っ赤に燃え上がった。
「なっ、何しやがる!」
条件反射で女を突き飛ばし、立ち上がった。
「いきなり突き飛ばすなんて、ひどいです~」
目をウルウルさせて、こちらを見上げてくるが、そんな顔にだまされる俺じゃない。
俺は、唇についたバイ菌を拭くように、学ランの袖でゴシゴシぬぐった。
「ひどくない! 突然、変なことをしてきたお前が悪い!」
「変なこと?」
キョトンと小首をかしげる可愛らしいポーズに、ほだされかけるが、頭を横にブンブンと振り、正気に戻した。
「さっき俺に何をした!」
「さっき?」
「おう! おっ俺の唇に!」
そこまで言って、ようやく俺が何を言いたいのか、分かったらしい。
女はグーの右手でパーの手のひらをポンッと一回叩いた。
「誓いのキスのことですか?」
ようやく話が通じた。
「そっ、そうだ! キッ、キッスをしただろう。今、俺に!……って、……誓いのキス?」
キスはキスで間違いないが、俺の耳が確かなら余分な文言がついてなかったか?
俺がハテナを飛ばしていると、目の前の女は頬を染め、キラキラ光線と甘ったるい空気を発しながら、とんでもないことを口走った。
「はい、婚姻時に交わされる誓いのキスです。きゃ~、恥ずかしい」
顔を両手で押さえ、キャーキャー言う女とは、対照的に、俺のアゴは地面ギリギリまでカックーンと垂れ下がった。
そして、女は、衣服を正し、姿勢を正し、その場で三つ指をついて礼儀正しく頭を下げた。
「不束者ではございますが、幾久しく可愛がってくださいませ。旦那様♡」
俺の理性が違う方向にプッチーンと弾けとんだ。
「ケンカ売ってんのかー! てめぇ!」
怒りで真っ赤になった俺を見て、恐れを成し、さすがの変人女も焦り始めた。
「どうなさったのですか? お顔が赤くなっています。熱? 熱があるんですね。高熱ですね。どうしましょう」
前言撤回。全く分かっていなかった。
俺のモットーは、目には目を歯には歯を。やられたらやり返せ!だ。
静かに右手を前に出し、照準を合わせる。
だが、そんな俺なんか、お構い無しに女は、先程と同じようにポンと手を打った。
「熱を下げるなら、氷。アイスですね!」
その、人を馬鹿にしたような態度に青筋が2、3本額に浮き上がる。
『ぶっ殺す』
物騒な考えを表情に出し、俺は唱えた。
「灼熱の玉よ。わが敵を駆逐せよ。……」
俺は低く地底を這うような声で詠唱し、炎の魔法を発動しようとした。
だが、奴の方が一歩早い。
「天空より来たれ! 氷の礫 氷の隕石」
「なっ、中級魔法!」
見るからに馬鹿が唱えた中級魔法の呪文に驚き、身構えるが、何も起こらない。
「……」
「……」
「……」
「……」
「あれ? 違ったかな?」
おかしいなというふうに、首をかしげ、今度は違う呪文を詠唱してきた。
「我が氷刃となりて、敵を追え! 氷の柱」
シ~ンと静まり返り、変化なし。
「これもダメ~?」
シュンとうな垂れて、こちらを向く。
「ごめんなさい。熱を下げるための氷、調達できませんでした」
「……どこまでも、ふざけた野郎だな。おめぇはよ!」
発動しなかったとはいえ、氷の隕石も氷の柱も敵殲滅系攻撃魔法だ。中級レベルとはいえ、無差別攻撃の魔法のため、危なすぎて、滅多に使うことはない。
それを、熱を下げるためにだと!
俺をおちょくっているとしか思えない。怒りのボルテージMAXだ。
そっちがその気なら、手加減なんかしてやらねぇ!
「後悔すんなよ!」
そう言って、構えを取ったそのとき、地面に大きな影が生まれていることに気がついた。
新たな魔法か?と思ったが、どうやら違うらしい。俺も女も飲み込むほどの黒い影。
女も俺と同様、気がついた。頭上を見上げ、一言。
「あっ」
それと同時に、巨大な物体が俺たちめがけて、急降下してきた。
「あぶねぇ!」
俺は勢いよく女にタックルし、地面に伏せる。その直後、ドゴ-ンという音を立てて、大地に氷の塊がめり込んだ。
周囲はクレータのように陥没している。まるで巨大な氷の隕石が降ってきたように……。
「これは……」
「あはははは。また、やっちゃたみたいですね。てへっ」
俺が覆いかぶさっている女を見れば、ポリポリ頭をかいて、お茶目に舌を出していた。
『氷の隕石』
そう認識したとたん、俺の全身が総毛立った。
ガバッと身体を起こし、横っ飛びする。
突如、形成された氷の円錐形の物体が数本、俺の目の前に出現したからだ。
それが、飛んでくると思い、回避行動に移ったが、無駄だった。
読んで字のごとく、本当に無駄だった。
「動かねぇ……」
「動かないですねぇ」
大の字になって、寝転んだままの女が相槌を打つ。
どうして、寝たままなのかというと、寝そべっている女のちょうど真上にふわふわと浮いているからだ。
「不発か?」
「どうでしょう?」
「いつ消えるんだ?」
「さぁ?」
「さぁって、おまえなぁ……」
すっかり毒気を抜かれ、肩の力を抜く。とりあえず身動きの取れない女を救いに、一歩近づいた。
それが、まずかった。氷の鋭利な先端が、日の光を浴びて、キラリと光る。
「あっ」
女の声がピストルの合図だったかのように、氷の錐が俺めがけて、マッハでスタートダッシュを切ってきた。
「マジかよ」
よけて、よけて、よけまくるが、この魔法、なぜか標的追尾機能付きだった。
「ありえねぇー!」
ヒュンヒュンヒュンと俺の身体のきわどい場所、すれすれを通っていくが、ブーメランのように戻ってくる。
「ちっ」
やっかいなことこの上ない。俺は意を決し、逃げるのをやめた。
空中で方向転換している今がチャンス。右手と左手を腰の辺りで構え、魔力の玉を手の中に出現させる。
「一片の骨も残さず灰と化せ! 火炎竜巻!」
呪文と同時にハーッ!と気合をいれて、両腕を上空に突き出した。
突き出した両手の赤い球から、渦を描くように炎が発射される。
俺を狙っていた氷は、一瞬にして、溶かされ、白い蒸気となって、跡形もなく消え去っていった。
「はぁ~、疲れた」
がっくりと肩を落とし、その場に尻を着いた俺の頭にそっとハンカチが乗せられる。
「気持ちいいですか?」
走り回り、汗だくになった身体にはちょうどいいヒンヤリ感だった。
頭に乗っけられたハンカチを手に取ると、氷の欠片が中に入っていた。
どこで調達したかは、予想がつく。女の顔をそろりと見上げたら、得意げに、こう言いやがった。
「終わりよければ、すべてよし! 結果オーライですね」
「ぜんっぜん、よくねぇー!」
これが、この女『ノエル・ブランジェ』との切りたくても、切れねぇ腐れ縁の幕開けだった。