婚約破棄できるなら有責でもかまいません。帰っていいですか?
魔法のある世界です。
よろしくお願いします。
脱字報告下さりありがとうございました。
感謝致します。
煌びやかなドレスを纏う貴婦人たちで賑わう王宮の舞踏会。
楽団が奏でる曲に合わせ、ホールの中央で体を密着させて踊る二人を、私は少し離れたところからぼんやりと眺めていた。
たどたどしいステップで踊るのは、淡いピンク色のドレスを纏ったマリー嬢。
大きく開いた胸元には、もりっもりに寄せられた、たわわな肉。
そんな彼女を愛おしそうにエスコートする、クロード第一王子。
私の婚約者である。
『殿下と伯爵家令嬢の身分差の恋』『それを邪魔する侯爵家の婚約者』『愛は障壁を乗り越えた』『真実の愛で結ばれた二人』
囁かれる噂は、私も含めた周知の事実。
「周知じゃない事実も隠れているんだけどなぁ…」
私は一人壁の花となり、幼い頃の楽しかったあの夏の日々を思い出していた。
アレスと過ごした幸せなあの夏を。
。。。
幼い頃。私は毎年の夏を暑い王都から離れ、隣国に接する領地にあるお祖父様の家で過ごしていた。
そこで出会った病気療養中の男の子、アレス。
お祖父様の古い友人のお孫さんだそうで、避暑と療養を兼ねてお祖父様のお屋敷で過ごしていると聞いていた。
私より2才年上のアレスは体が弱く、いつも窓越しにこちらを見ているだけで屋敷から出ることはない。
時折カーテンからこちらを覗く彼に手を振ってみたが、こくりと頭を下げただけで隠れてしまった。
「恥ずかしがり屋さんなのね」
本当は一緒に遊びたいけれど、仕方ない。そう思って一人庭で遊ぶ日々。
お祖父様の屋敷の庭は迷路のようで楽しいし、ガゼボでお茶したり、本を読んだり…
短い夏を忙しく過ごしていた。
6才の夏。いつものように庭で遊んでいると背後から声をかけられた。
「あの…こんにちは。…何をしてるの?」
声の主は、窓からこちらを見ているだけだったはずのアレス。
まさか外に出てくるとは思っていなかったので驚いた。が、しかし今は忙しい。
「こん…にちは……あの、ちょっと…待って……ここを繋げて………と…。ほら!花の冠が出来たわ!」
丁度出来上がった花冠をアレスに見せる。
花冠を初めて見たのか、アレスはすごいと目を輝かせた。
「頭に載せてみる?」
「え?…いいの?」
「うん!」
アレスのふわふわした銀色の髪に映える黄色の花。
「わあ、素敵!絵本で見た王子様みたい」
思わずそう言うと、アレスは目を見開きそして「ありがとう」と照れくさそうに微笑んだ。
「それ、僕にも作り方を教えてくれる?」
「もちろんよ!一緒に作りましょう!」
私はアレスに花冠の作り方を教える。
「ここをこうして…」
同じ動きをしても、力を入れすぎて茎が折れてしまうアレス
「わ…難しいね」
「すぐに出来なくても仕方ないわ。何度も練習して少しずつ出来るようになればいいのよ」
「練習が上手くいかないときはどうするの?」
「うーん。それでもやっぱり練習するしかないわね。諦めたらそこで終わりだもん」
「諦めたらそこで終わりか…」何か思うところがあるように呟くアレス。
その日からアレスの体調が良い日は一緒に花冠を作ったり、絵本を読んだり、おやつを食べたりして一緒に過ごす時間がぐんと増えていった。
夏の終わり。
アレスは上手に作れるようになった花冠をそっと私の頭に乗せた。
「僕たち来年も逢えるかな?」
「うん!約束ね」
それは毎年の約束となった。
元気になったアレスと過ごす時間は楽しくて楽しくて、毎年の夏が待ち遠しかった。
。。。
アレスと過ごした幾度目の夏が終わる。
私は明日、王都に帰らなくてはいけない。
最後だからと二人で馬で遠乗りに出かけ、今日一日を思いっきり楽しんだ。
海の見える丘の上。夕陽に照らされた彼は、昔と変わらず絵本で見た王子様のようだった。
出会った時は幼く見えたのに、今はとても大人びて見えるアレス。
自分だけ置いていかれるようで不安になる。
「私…もう少し大人しくしようかな…」
言ってから不安な顔を見られたくなくて俯いてしまった。
「急にどうしたの?」
アレスに優しく頭を撫でられて、それがまた子ども扱いされているようで胸が苦しくて。
《ずっと一緒にいたいから》
その一言が言えない私はやっぱり子どもなのかもしれない。
私の想いを見透かしたのか、アレスは困ったように笑った。
「実は…僕はここに来る時間を作るために凄く頑張っているんだよ。フリージアに会いたくて」
「えっ?!そうなの?」
「うん。明日からまた頑張らないと。また来年フリージアに会うために」
「わたしも!わたしもアレスに会うために頑張るね!」
来年の約束が私とアレスを繋いでる。
その想いが気持ちを明るいものに変えてくれた。
翌朝、部屋まで迎えに来てくれたアレスにエスコートされ馬車に乗る。それは幼い頃から変わらない。
「また来年」
「うん。また来年ね」
そう言って見えなくなるまで手を振った。
しかし王都で私を待っていたのは、クロード第一王子との婚約であった。
お父様の苦々しい顔を見れば、貴族として避けられない責務に黙って頷くことしか出来なかった。
もう会うことが出来ないとアレスに手紙を書こうと思ったけれど、婚約者以外の男性に手紙を出すのは避けた方が良いと思い諦める。
「きっとお祖父様が伝えてくださるわ…」
その日から数日は泣いて過ごすことを、私は自分に許してあげた。
その後は王妃教育に専念する日々。
始めのうちは愛し愛される事を期待したクロードとの関係だったが、その思いが冷めるまではあっという間。
クロードは自分の主張と違っていても成功すれば自分の手柄、失敗すれば他人のせいにするような男だった。
私はクロードの言う事には逆らわず、納得したようなフリをして上手く流し、煽て持ち上げつつ周りの意見を受け入れる方向へ持っていくように尽くした。
そして王立学園に入学すると、クロードはバイン伯爵の娘のマリー嬢と親密な仲になっていく。
「どうせ卒業後はフリージアとの結婚が決まっているんだ。学園にいる時くらい好きにさせろ」
そう言って学園生活の4年間、クロードはマリーに溺れた。
。。。
楽団の演奏が終わり、静けさと共に意識が現実に引き戻される。
「アレス…」
甘酸っぱい思い出の彼は、今どうしているのだろう。
そんな余韻を掻き消すように、クロードが突然声をあげた。
「フリージア!この場をもって私はお前との婚約を破棄する!そして私はこのマリー嬢と新たに婚約を結び直す!」
そう声高く宣言したのだ。
会場にいた貴族たちの驚きや好奇の視線がクロード王子とその隣に立つマリー嬢に向いた後、一斉に私に移った。
二人の様子からして何かやらかすと思って身構えていたのに、思っていたより早く時が来てしまった。
緊張して粟立つ心。ここでの間違いは許されない。
私はクロードの前に出て深く頭を下げた。
「何故でしょう?理由をお聞かせ願います」
「マリー嬢に対しての嫌がらせだ」
話した事もないし接した事もないけれど、クロードがそう言うのならそういう事なのだろう。
当のマリー嬢は怯え、クロードの背後に隠れている。
が、目よ!
その目。笑っちゃってますけど?
その肩の震えは笑いを堪えると出るやつですよね?
しかしそこを突っ込んで話を長引かせるのは得策ではない。
理由がなんであろうと承諾し、婚約破棄をもぎ取りたい。
そしてさっさと帰りたい。
心を落ち着かせるため、大きく深呼吸をしてから念を押すように確認する。
「私がマリー嬢に嫌がらせをした。そういった理由で婚約破棄。と言う事でよろしいですか?」
ダメだ。つられて笑いそう。
「そうだ。何度も言わせるな」
クロードはフンッと鼻を鳴らし、顔を歪ませた。
「この事を陛下はお認めになったのでしょうか?」これも確認。
「父上にはこの後報告する。余計な口答えはするな。お前は黙って了承すれば良い」
そう言って彼は二枚の紙を目の前に出してきた。クロード用と私用に用意されたそれには、既にクロードのサインがしてあった。
「ずる賢いお前の事だ。後で色々言われても面倒だと思ってな。この場にいる皆が証人になる。さあ、皆の前でサインしろ」
渡されたのは、王家の特別な印がついた正式な婚約破棄の用紙。
そこには結婚破棄の理由と、破棄後に婚約を結び直す事はない。今後一切王家に関わらないことを誓う。などと書かれていた。
私がクロードに泣きつくと思っているのだろう。
それを避けるために作られた婚約破棄の内容は、私にとっても最高の内容。
クロードの頭の中がお花畑でバンザイである。
「わかりました。婚約破棄をお受けいたします」
歓喜で震える指先を悟られないよう、気持ちを鎮めてサインを書き終えると、クロードは証書を取り上げた。
「皆の者!しかと見届けよ!今ここで婚約破棄は成立した!」大声で告げた後、私の耳元で「フリージア、出て行くタイミングは今だろう?」そう言ってニヤリと笑った。
思わずスキップしてしまいそうな気持ちを抑え、ゆっくりと出口へ向かう。
背後からはクスクスと嘲笑う声。
「それでは皆さまごきげんよう」
私は会場を後にした。
。。。
「皆、フリージアのせいで不快な思いをさせた。口直しにこれから一つ余興があるので楽しんでくれ」
クロードは会場内の照明を落とし、投影魔法で壁いっぱいにフリージアを映し出した。
「お楽しみはこれからだ。泣き喚くフリージアの様子を見ながら祝杯をあげよう!」
趣味の悪い余興に招待客たちは拍手で応じる。
クロードは満足そうにマリー嬢の腰に手を回すと、マリー嬢も当然そうあるように王子の胸にもたれかかる。
二人は歪な笑みを浮かべて、大きく映し出されたフリージアを眺めた。
皆でフリージアが悲しむ姿を面白がるつもりだった。
。。。
「ミエル!」
会場を出たフリージアが突然叫ぶ。
「お前はこの事をすぐにお父様に知らせなさい!」
チリンと了解を示す鈴の音を残し、影の気配が一つ消えた。
「ミエーレ!ここへ!」
黒い服に身を包み顔を隠した影が音もなく現れ、フリージアの前に跪く。
「急いでお祖父様のところまで転移し、この婚約破棄の証書を届けてちょうだい。待って、これを持って行きなさい」
そう言うとフリージアは自身の首に下がっているブルーサファイアのネックレスを外し、ミエーレの首に下げた。
「これには私の魔力が込められています。一回の転移でお祖父様の目の前に行く事が出来ます。くれぐれも失礼のないように。さあ、行きなさい」
頭を下げたミエーレが婚約破棄の証書と共に消えた。
「メル…」
一呼吸置いてフリージアが呟くように名を呼ぶと、メイド服姿の女性が現れた。
「はい。ここに」
「んーーーっ!!!やったわ!クロードが私を断罪したわ!しかも!冤罪よ!」
桃色に染まった頬を隠すように両手を当てる。
「やりましたね、お嬢様。晴れて自由の身でございます。読書も馬乗りでの遠出も川遊びも木登りもし放題です」
「…さすがに木登りはしないわよ…。でも、遠乗りは行きたいわ!窮屈なお妃教育も、めんどくさい作法もこれでおさらばね!」
「おめでとうございます」
私の一番の理解者であるメル。顔を見合わせて二人で「ふふふ」と笑う。
自由だ。
ずっとこの日を夢に見ていたし、願っていた。今、その願いが叶ったのだ。
しかしその余韻に浸る余裕はない。
「すぐにここを離れましょう。クロードが何か言ってくるかもしれないから」
長居は無用と出口に向かおうとしたその時。
私の行く手を遮るように、目の前に光の粒が集まり始めた。
「誰かが転移してくるようです。お下がりください」
私を守るため、メルが一歩前に出る。
「城は防護魔法がかけられているはずなのに、それを破ってくるなんて…」
今まで見た事ない程の強い光。
これほどの魔力の持ち主に心当たりはない。
「お嬢様…もしもの時にはお逃げください」
覚悟を決めた私とメルの前、眩い光の中から現れたのはゆったりとしたシャツにトラウザーズのラフな服装の男性だった。
「フリージア!」
見覚えのある銀色のふわふわした髪…まさか…
「アレス?」
「フリージア!会いたかった!」
状況に驚き過ぎて頭が混乱してしまう。
「待って待って、アレスがどうしてここに?」
「ルードヴィル候の元を訪ねていたところだったんだ。そこへ君の影が現れて婚約破棄を知った。それで居ても立っても居られずに飛んできた」
「お祖父様のところから?」
「ああ、候はとても怒っていたよ」
愉快でたまらなそうにクスクスと笑うアレス。
「そうでしょうね…私とクロードとの婚約は国の3大勢力のうちの2つ、お祖父様とお父様の後ろ盾が欲しい陛下が、渋るお祖父様とお父様に頭を下げて頼み込んだ婚約だったのよ?それをこんな形で破棄したんだもの」
アレスが目を細めて優しく微笑む。
「僕はクロードに感謝しているよ」
「アレスが?なぜ?」
戸惑っているところへミエルが戻ってきた。その手にはお父様からの手紙が握られている。
「こちらに目を通すようにとの事でございます」
ミエルに渡された手紙を読み上げる。
「マリー嬢の父親…バイン伯爵は子どもを作ることが出来ない体である」
どういうこと…?
「現バイン夫人が医者を買収し、伯爵に男性用避妊薬を飲ませていた。病死した前バイン伯爵夫人が産んだ嫡男以外は伯爵の実子ではない」
まだ読み上げていない部分をアレスが続けた。
「!?アレス?あなた知ってたの?」
「まあね。詳しく調べたのは君の父上だけどね」
このところお父様が忙しそうに調べていたのはこの事だったのね。
「バイン夫人は昔から愛人が何人もいたからね」
「つまりマリー嬢は父親が誰かわからないってこと?」
「それと、前夫人の死因も調べ直すことになってる」
「それって…」
アレスが小さく頷く。
「でも、それは僕たちには関係ない事だよ。とにかくルードヴィル卿の元へ行こう」
「ちょっと待って…アレスは転移したばかりでしょ?そんな魔力…」
転移の魔法は魔力をかなり消耗する。お祖父様のところからの距離を考えればそう何度もは…
「あれ?知らないの?幼い頃僕が卿の家で過ごした理由は魔力過多だよ?幼い頃は心の揺れで溢れる魔力をうまくコントロールが出来ずに人を傷つける恐れがあったんだ。だからルードヴィル卿のもとで魔力コントロールの指導を受けていたんだよ。魔力は父のエドワード・グランドより強いんだよ」
「エドワード・グランドがお父様!?」それってグランド帝国の…
「ええっ?それも知らなかった?ルードヴィル卿は本当に何も知らせていないんだな…。僕の名前はアレス・グランド。グランド帝国の第一王子だよ」
「戦鬼」と呼ばれる帝国の皇帝より魔力が強いなんて…
「だから…君を嘲笑った奴らをどうにでも出来るけど?どうする?」
目が本気だ。
「そんな物騒な事やめて」
おどけた顔で肩をすくめた後、声のトーンを下げたアレスが言う。
「…僕は昔、庭で遊ぶ小さな女の子に一目惚れしたんだ。どうしても話がしたくて魔力コントロールの練習を頑張ったんだ。今の僕があるのは君のおかげでもあるんだよ」
そして私の手を取り、続ける。
「君が婚約した事を知ってどれほど後悔したか。もっと早く想いを伝えておけば遠回りしないで済んだのに。諦めきれなくてルードヴィル卿のところに何度も赴いた。君が教えてくれただろう?諦めたらそこで終わりだって」
だから諦めたくなかった…と。
「フリージア。出会った時から君の事が好きだった」
伏し目がちに私を見つめるその瞳は、不安に揺れていた。
私はそっとアレスの頬に手を寄せる。
あの日、丘の上できっと私も同じ顔をしていたのだろう。
「私もアレスのことが好き…ずっと…ずっとそばにいたい」
ずっと隠していた想いを、やっと伝えることが出来た。
もう二度と離れることのないように、彼の背中に手をまわす。
「離さないでね」
そう言うのがやっとで、アレスの胸に顔を埋める。
「行こう」
アレスがふわりと私を抱き上げる。
そして大きな羽を広げるように、アレスが魔力の光を放つ。
「今なら魔王も倒せそうな気がする」
アレスの呟きとともに、私は暖かい光に包まれた。
。。。
アレスとフリージアが転移し、最後の光のカケラが消えるとそこには静寂だけが映し出されていた。
青ざめる人々の視線がゆっくりとクロードとその隣で立ち尽くすマリーに集まる。
誰かの手から滑り落ちたグラスが割れた。
それを皮切りに会場は阿鼻叫喚となった。
ミエル。フランス語
ミエーレ。イタリア語
メル。ポルトガル語
全て、はちみつ。




