第5章 シンデレラの再会
スタジオにはギターの余韻と、まだ少しだけ冬の匂いが残っていた。4月から始まるライブツアーに向けたリハーサルは佳境で、田島は汗を拭いながら深く息をついた。
そのとき、マネージャーがスマホを手にして控室に入ってくる。
「田島さん、電話……ずっと鳴ってましたよ」
渡されたスマホの画面に映る電話番号を見た瞬間、田島は一瞬あの日の夜の事が頭をよぎる
――朝比奈紗江。
あの夜以来、心のどこかに置きっぱなしにしていた名前。
田島は無言でスタジオの外へ出て、冷えた外気の中、震える指で通話ボタンを押した。
「……はい、田島です。」
「田島さん……朝比奈紗江です、先日は、本当にすみませんでした。ずっと……謝りたくて」
「謝るなんて、そんな……」
「私、会いたくて……今、スタジオの近くの公園にいます。ベンチに。ご都合いい時間で……少しだけで構いません」
その声は震えていて、けれど必死に抑えた温度があった。
田島は迷わなかった。
急いでコートを羽織り、つい手が伸びたブランケットを掴むと、スタジオを飛び出した。
* * *
公園に着くと、街灯の下、小さな影がひとつ。
紗江だった。彼の姿を見つけた瞬間、ぱぁっと花が咲くような笑顔になる。
「田島さん……!」
立ち上がった紗江は、両手に温かいものを抱えていた。
「これ……ホッカイロと、肉まん。寒かったでしょ?」
田島は思わず笑い、その小さな手に自分のブランケットをそっとかける。
「紗江さんこそ。こんな寒いのに、無茶しちゃダメですよ」
「だって……会いたかったんだもの」
その言葉は小さいのに、夜の冷たい空気をやさしく溶かすようだった。
ふたりは並んでベンチに座った。
ポットのお茶の湯気が夜空へ立ちのぼり、肉まんのあたたかさが指に沁みる。
遠くで子どもの笑い声が一瞬して、街灯が風に揺れる。
「ツアー、大変ですか?」
「まあ……でも、こうして休めるなら悪くないです」
「よかった……」
たわいもない会話が続き、気づけば40分が過ぎていた。
空には冬の星がひとつ、またひとつ増えていく。ふたりの呼吸はいつのまにか同じリズムになっていた。
(あぁ……この時間だけで、十分だ)
紗江はそう思った。
手の中のホッカイロより、田島のそばにいられる今のほうがずっと温かかった。
ブランケット、肉まん、お茶、そして満天の星。
何も特別じゃないのに、紗江にとっては“世界で一番やさしい夜”だった。




