第4章 シンデレラの朝
昨日の夢のような出来事は、朝の通勤ラッシュのバスの中で、あっという間に現実に変わっていた。人々が押し合いながら乗り降りする狭い空間に、紗江の心はまだ昨夜の温かい余韻に浸っていた。目の前の窓ガラスには、冬の淡い朝日がビルの間から差し込み、冷たい光が揺れて映っている。
紗江は小さな広告代理店で課長として働いていた。少人数の職場で責任は重いが、自分なりに精一杯こなしてきた自負があった。揺れるバスの中で、部下の澤口が気を遣うように声をかける。「課長、今日のランチはどこにします?」
紗江はちらりと周囲を見回しながら答える。「貴方たちはどうするの?」
「最近、イケメンがいる良いフレンチレストランを見つけたんです。だから、そこに行こうと思ってます」
その一言に紗江の胸が一瞬、熱くなる。『イケメン…?』
「私も…一緒に行ってもいい?」とつい口を開いてしまった。
ーー昼休みーー
会社を出ると、冬の冷たい風が頬をかすめる。ランチの店は想像以上に混雑しており、女性客で溢れかえっていた。名前を書き、順番を待つ間、紗江の心臓は小さく高鳴る。やがて「お待たせしました」と現れた店員は、想像以上に爽やかなイケメンで、柔らかい微笑みと不思議なオーラを放っていた。紗江は思わず息を呑む。胸がぎゅっと締め付けられるようだった。
奥のキッチンでは、イケおじながらどこか影のあるシェフが静かに料理を作っている。運ばれてくる料理はどれも繊細で、香りも彩りも絶妙だ。味を噛みしめると、思わず目を閉じたくなるほど美味しい。澤口が満足気に「課長、どうですか?」と顔を覗き込む。紗江は微笑みながらも、少し声を詰まらせる。「うん…なかなか、いいお店ね…」
帰り際、イケメン店員が「またいらしてくださいね」と丁寧に告げる。紗江は自然に笑みを返し、「料理も接客も素晴らしいわ。今度シェフにもご挨拶させてね」と言い、心が温かくなるのを感じながら店を後にした。
会社に戻った紗江は、自分のデスクに置かれたコーヒーカップを手に取り、昨日田島がそっと残していったメモ書きを見つめた。柔らかな光の差し込むオフィスの中で、昨日の夜の出来事がまるで現実だったのか、夢だったのか、まだはっきりしない感覚が胸に広がっていた。




