第10章
二体目の守護者がエリシアに寄り添った瞬間、
倉庫の奥の闇が“どろり”と揺れた。
兵士たちは一斉に武器を構える。
「……今の、何だ……?」
「さっきまでの気配と違う……!」
レオンハルトは剣を構え、
エリシアと守護者たちの前に立った。
影の守護者たちは震えながら、
かすれた声で告げた。
「……くる……
あれは……
わたしたち……じゃ……ない……」
エリシアの胸がざわついた。
さっきまでの“痛み”とは違う。
これは──敵意。
(……この奥……
何かが……目を覚ましてる……)
奥の闇が、ゆっくりと形を成し始めた。
最初は黒い霧。
次に、霧が絡み合い、
人のような、獣のような輪郭を作る。
兵士たちが息を呑む。
「……形になっていく……!」
「これ……守護者じゃない……!」
レオンハルトは低く言った。
「構えろ。
これは“核”ではない。
汚染そのものが形を取っている。」
エリシアは影の守護者たちを抱き寄せた。
(……この子たちが震えてる……
つまり……
この存在は……“彼らを壊したもの”……)
闇の形は、
ゆっくりと“顔”らしきものをこちらへ向けた。
その目は、
光ではなく──空洞。
闇の存在は、
低い唸り声のような音を発した。
「……アァ……ァ……」
エリシアの胸が締めつけられた。
(……苦しんでる……
でも……
この苦しみは……
誰かを求めるものじゃない……)
影の守護者が震える声で言った。
「……あれは……
わたしたちを……
くずした……もの……」
レオンハルトの表情が険しくなる。
(……守護者を壊した“元凶”……
ならば、ここで止めるしかない。)
闇の存在が一歩、前へ。
床が軋み、
黒い筋が生き物のように広がる。
兵士たちが後退する。
「……動いた……!」
「来るぞ!」
闇が跳ねるように飛び出した瞬間、
レオンハルトが前へ踏み込んだ。
「下がれ、エリシア!」
剣が闇を裂く。
だが──
「……っ!」
刃は通らない。
闇は霧のように形を変え、
攻撃をすり抜けた。
兵士たちが叫ぶ。
「効いてない……!」
「どうすれば……!」
闇の存在は、
レオンハルトではなく──
エリシアへ向かって伸びた。
(……私……?)
影の守護者たちが一斉に叫ぶ。
「……にげ……て……!」
闇がエリシアに触れようとした瞬間、
彼女の胸元が強く光った。
「……っ!」
光は闇を弾き、
倉庫全体に響くほどの衝撃を生んだ。
兵士たちが目を覆う。
「光が……!」
「闇が……後退してる……!」
レオンハルトは驚愕の表情でエリシアを見た。
(……あの子の光は……
“守護者”だけでなく……
汚染そのものにも反応するのか……?)
闇の存在は後退しながら、
低い唸り声を上げた。
「……ア……アア……」
その声は、
怒りでも悲しみでもない。
ただ──空虚。
エリシアは震える声で呟いた。
「……この子……
何も……感じてない……
ただ……壊すだけ……
“空っぽ”……」
レオンハルトは剣を構え直した。
「エリシア。
あれは……守護者とは違う。
“救う”ことはできない。」
エリシアは影の守護者たちを抱き寄せた。
(……でも……
この子たちを壊した存在……
ここで止めなきゃ……)
闇の存在が再び形を変え、
エリシアへ向かって迫る。
レオンハルトが叫ぶ。
「構えろ!
ここが……本当の戦いだ!」
闇の存在がエリシアへ向かって迫った瞬間、
レオンハルトは迷いなく前へ飛び出した。
「エリシアから離れろ!」
剣が闇を裂く。
だが、刃は霧のようにすり抜けた。
闇は形を変え、
エリシアへ伸びる“腕”のような影を作る。
エリシアは影の守護者たちを抱き寄せながら、
胸の奥の光を必死に抑えた。
(……この子たちを守らなきゃ……
でも……どうすれば……)
闇が触れようとした瞬間、
エリシアの胸元が強く光った。
「……っ!」
光は衝撃波のように広がり、
闇の腕を弾き飛ばした。
兵士たちが驚愕する。
「光が……闇を押し返した……!」
「エリシア様の力……防御にも……!」
レオンハルトはその光を見て、
一瞬だけ息を呑んだ。
(……あの光は……
守護者だけでなく、
“闇そのもの”にも通じる……?)
闇は後退しながら、
低い唸り声を上げた。
「……ア……アア……」
その声は、
怒りでも悲しみでもなく、
ただの“空虚”。
闇が再び形を変え、
今度は鋭い槍のような影を作って突き出してきた。
レオンハルトは剣で受け止める。
「ぐっ……!」
影は重い。
霧のようでいて、
確かな“力”を持っている。
兵士たちが援護に入ろうとするが──
「下がれ!
あれは普通の攻撃では斬れん!」
レオンハルトは影を押し返しながら叫んだ。
(……斬れないなら……
“光”で弱らせるしかない……)
彼はエリシアを振り返った。
「エリシア!
光を……もっと強くできるか!」
エリシアは影の守護者たちを抱きしめたまま、
震える声で答えた。
「……できます……
でも……
この子たちが……苦しむかも……」
影の守護者たちは、
弱い光を揺らしながらエリシアの手に触れた。
「……だいじょう……ぶ……
つかって……」
エリシアの胸が熱くなる。
(……この子たちも……
一緒に戦ってくれる……)
エリシアは両手を胸元に当て、
深く息を吸った。
「……お願い……
私に……力を……」
影の守護者たちの光が、
エリシアの胸へ流れ込む。
次の瞬間──
眩い光が倉庫全体を照らした。
「……っ!」
闇の存在が苦しげに後退する。
レオンハルトはその隙を逃さなかった。
「今だ!」
彼は光の中へ飛び込み、
闇の中心へ剣を突き立てた。
闇が悲鳴のような音を上げる。
「アアアアア……!」
エリシアの光が剣を包み、
刃が“実体”を持ったかのように闇を裂いた。
兵士たちが息を呑む。
「……斬れた……!」
「光が……剣を……!」
レオンハルトは闇を押し返しながら叫んだ。
「エリシア!
そのまま光を維持しろ!」
エリシアは必死に頷いた。
「……はい……!」
光と剣の共鳴に耐えきれず、
闇の存在は形を崩し、
霧のように後退していく。
だが──
完全には消えない。
床に黒い“痕跡”を残し、
奥の闇へ逃げ込んだ。
レオンハルトは剣を構えたまま、
息を整えた。
「……逃げたか。」
兵士たちが周囲を確認する。
「完全に消えてはいません……」
「奥へ……逃げたようです……」
エリシアは胸に手を当て、
影の守護者たちを見つめた。
(……あの闇……
この子たちを壊した存在……
まだ……奥に……)
影の守護者たちは震えながら言った。
「……あれは……
“おおもと”……じゃ……ない……
もっと……ふかく……」
レオンハルトはエリシアを見た。
「……行くかどうかは、君が決めろ。」
エリシアは迷わず頷いた。
「……行きます。
この子たちを……
もう二度と……壊させないために。」
レオンハルトの瞳がわずかに揺れた。
(……あの子は……
本当に……強い。)
黒く脈打つ扉がゆっくりと開いた瞬間、
冷たい風が吹き抜けた。
それは風というより──呼吸だった。
エリシアは胸の奥が強く締めつけられるのを感じた。
(……この奥……
“何か”が……待ってる……)
レオンハルトは剣を構え、
エリシアを庇うように前へ出た。
「気を抜くな。
ここが……最深部だ。」
影の守護者たちは震えながら、
かすれた声で告げた。
「……あれが……
わたしたちを……くずした……
“おおもと”……」
扉の先は、広い円形の広間だった。
かつては白い石で作られた神聖な場所だったのだろう。
だが今は、黒い筋が天井から床まで絡みつき、
中央には巨大な“影の塊”がうずくまっていた。
兵士たちが息を呑む。
「……あれが……本体……?」
「形が……わからない……」
影の塊は、
まるで眠っているように動かない。
エリシアは胸に手を当てた。
(……苦しい……
でも……
さっきの闇とは違う……
これは……もっと深い……)
レオンハルトは低く言った。
「エリシア。
感じるか。」
「……はい……
この子たちの……“親”みたいな……
そんな気配がします……」
影の守護者たちは震えながら頷いた。
「……わたしたち……
ここで……うまれた……
あれは……
“ひかりの王”……だった……」
兵士たちがざわつく。
「光の……王……?」
「じゃあ……あれは……」
エリシアは息を呑んだ。
(……光を守る存在の“王”……
それが……壊れて……
闇になった……?)
影の塊が、
ゆっくりと動いた。
床が震える。
「……ア……ァ……」
その声は、
先ほどの闇とは違う。
深く、重く、
悲しみに沈んだ声だった。
エリシアは胸が締めつけられた。
(……この声……
ずっと……泣いてる……)
影の王は、
ゆっくりと“顔”らしきものをこちらへ向けた。
その目は空洞ではなく──
壊れた光の残滓が揺れていた。
レオンハルトは剣を構えたまま、
その目を見て息を呑んだ。
(……これは……
ただの敵じゃない……
“壊された存在”だ……)
影の王が腕のような影を伸ばし、
一気にエリシアへ迫った。
「エリシア、下がれ!」
レオンハルトが剣で受け止めるが、
衝撃で床が砕ける。
「ぐっ……!」
兵士たちが叫ぶ。
「将軍様!」
「援護を──!」
だが、影の王は兵士たちには興味を示さない。
ただ、エリシアだけを見ている。
(……私……?
どうして……)
影の守護者たちが震える声で言った。
「……おまえ……
ひかり……
もってる……
だから……よばれてる……」
エリシアは胸に手を当てた。
(……私の光……
この子たちの光……
それを……求めてる……?)
影の王が再びエリシアへ迫った瞬間、
エリシアの胸元が強く光った。
「……っ!」
光が衝撃波となって広がり、
影の王を一瞬だけ後退させる。
レオンハルトはその隙を逃さなかった。
「今だ!」
剣にエリシアの光がまとわりつき、
刃が“実体”を持ったかのように輝く。
レオンハルトは影の王へ斬りかかった。
刃が闇を裂く──
だが、深くは入らない。
影の王は苦しげに揺れた。
「……ア……アア……」
エリシアは震える声で呟いた。
「……この子……
本当は……
“助けて”って……
言ってる……」
レオンハルトは息を呑んだ。
(……あの子は……
こんな存在にすら……
寄り添おうとするのか……)
影の王が、
エリシアの光に触れた瞬間──
エリシアの視界が揺れた。
白い部屋。
祈る人々。
光をまとった王。
そして──
天井から落ちてくる黒い影。
王は守ろうとした。
だが、
光を奪われ、
壊され、
闇に沈んだ。
エリシアは涙をこぼした。
「……あなた……
守ろうとしたんだね……
壊したかったんじゃなくて……
守れなかったことを……
ずっと……悔やんで……」
影の王は苦しげに揺れた。
「……ひかり……
まもれ……なかっ……た……」
レオンハルトは剣を下ろした。
(……これは……
倒すべき“敵”ではない……
救われるべき“存在”だ……)
影の王の記憶がエリシアの胸に流れ込んだあと、
広間の空気は重く沈んだままだった。
影の王は苦しげに揺れ、
かすれた声で呟いた。
「……まもれ……なかっ……た……
ひかり……ぜんぶ……」
エリシアは涙を拭い、
震える声で言った。
「……あなたは……
守ろうとしたんだね……
壊したかったんじゃなくて……
守れなかったことを……
ずっと……悔やんで……」
影の王はその言葉に反応し、
わずかに光を揺らした。
レオンハルトは剣を下ろし、
静かに言った。
「エリシア。
あれは……倒すべき“敵”ではない。
救われるべき“存在”だ。」
兵士たちも息を呑む。
「……救う……?」
「あんなものを……?」
だが、影の守護者たちは震えながら頷いた。
「……おう……さま……
ひかり……かえせば……
もどる……」
エリシアは胸に手を当てた。
(……光を……戻す……
私の力は……
“本来の姿”を呼び戻す力……
なら……)
エリシアは影の王へ一歩近づいた。
レオンハルトが思わず腕を伸ばす。
「エリシア、危険だ!」
「……大丈夫です。
この子は……私を傷つけようとしていません。」
影の王は、
エリシアの光に引き寄せられるように揺れた。
その姿は、
恐ろしい“闇”ではなく──
壊れた光の残骸だった。
エリシアは静かに言った。
「……あなたの光……
取り戻すのを……手伝わせて。」
影の王の輪郭が震え、
かすかに光が滲んだ。
レオンハルトは息を呑んだ。
(……あの子は……
どんな存在にも……
寄り添おうとする……
その光が……王を呼んでいる……)
エリシアが手を伸ばすと、
影の王はゆっくりとその手に触れた。
瞬間──
広間全体が光に包まれた。
「……っ!」
兵士たちが目を覆う。
影の王の黒い表面が、
少しずつ剥がれ落ちていく。
エリシアの胸元の光が、
王の中へ流れ込んでいく。
影の守護者たちは震えながら言った。
「……ひかり……
かえってる……」
レオンハルトはその光景を見つめ、
静かに息を吐いた。
(……彼女の力は……
“浄化”ではなく……
“再生”……
壊れた光を呼び戻す……)
光が王の中へ流れ込むほど、
王の影が薄くなっていく。
だが──
その奥から、
別の“黒い影”が揺れた。
エリシアは胸が締めつけられた。
(……この奥……
まだ……何かが……)
影の王が苦しげに揺れ、
かすれた声で言った。
「……ちがう……
わたし……じゃ……ない……
なか……に……
“ほかのもの”……」
レオンハルトの表情が険しくなる。
「……内部に……別の存在……?」
影の守護者たちが震えながら言った。
「……おう……さま……
のっとられ……た……
“よそもの”……」
エリシアは息を呑んだ。
(……王を壊したのは……
外から来た“闇”……?)
影の王は苦しげに揺れ、
エリシアの手を掴んだ。
「……たすけ……て……
のっとられ……
て……る……」
エリシアは強く頷いた。
「……あなたを……取り戻す……
その“よそもの”を……
あなたから……追い出す……!」
レオンハルトは剣を構え直した。
「エリシア。
その“よそもの”が姿を現したら……
私が斬る。」
エリシアは影の王の手を握りしめた。
「……はい。
私が……光で引きずり出します。」
影の王の奥で、
黒い影が蠢いた。
広間の空気が震える。
(……来る……
王を乗っ取った“本当の闇”が……)




