ある犯人はアラン・バンジー ある被害者はアラン・バンジー
月曜の正午からロスター探偵事務所は休業中。扉が開かれるのは土日のみである。
「さあ、鍵もかけたし行こう」
いつもロスターが逃げる先は、隣にある十字路に面した本屋「トゥエルブページ」であった。看板建築のされた外装と掲げられた紫の大看板は、店名をエレガントかつハツラツに往来の人間へ見せつけている。ロスターはガラスから中を覗く。いつも通り客足は少ない。そしていつも通り、彼女がいた。
「あっ、ミスターさん。いらっしゃい」
濡烏色の長い髪と陶器のような白い肌が揺れる。オリシャンテ――店主からはオリシアと呼ばれている――にはロスターの名前を間違える癖がある。それが、ロスターにとっては、彼女が人間らしいことを感じさせる要因として好きだった。
「今日も、何か本をお探しなの? それとも、二日ぶりに逃げにきたの?」
ロスターが返答する前にオリシャンテは見抜いたかのように、右奥にある、会計のカウンター後ろの扉を開けて手招いた。黒いドレスと白いエプロンが彼女の動くたび一緒に揺れる。ロスターは何を言えないまま、オリシャンテとともに、ドアの中へと吸い込まれそうになったが、突然鼻をひくつかせた。
「何かおかしな臭いがしないか」
そう言われたオリシャンテも臭いを感じ取ったようで、知らない臭いに首を傾げている。
「確かに、あんまり嗅いだことのない臭い。これ、……血?」
オリシャンテはしゃがみこむと赤黒い色のカーペットが敷かれた床を指さす。ロスターがそこを見ると、血の垂れた跡がぽつ、ぽつ、と道のようにドアの中へと続いている。ロスターが気になって中へ踏み込もうとしたがその前にオリシャンテがドアを勢いよく開けて店主の名前を呼んだ。
「アランさん、アラン・バンジーさん! どこに、いるんですか」
いつもなら中はオリシャンテの休憩室およびアランの生活場所であるはずなのだが、二人が踏み入ったとき、中は奇妙なほどに暗かった。どんどん、中に、奥深くに進むたび血の臭いがどんどんどんどん強くなる。そして二人はその臭いの元凶へとやってきた。
「アランさん……そんな」
暗い部屋の中に見たのは、店主アラン・バンジーの死体であった。
「警察は」
「分かりました。わたしが行ってきます」
オリシャンテが警察を連れてくるまで、ロスターは調査をすることにした。
まず、ドア側の壁にあるスイッチを押すと天井に付いている明かりがつき、この部屋の惨状がとても克明に映った。
この部屋は縦横二間半、ドアを背にして右の半間には、奥に小説や経営に関する本を詰め込んだ書架、ドア近くに浪費家なのかいろんなものが置いてある収納代わりの机、それらに挟まれるように、二階につながる階段がある。左の二間には大きな暖炉、それを囲む使い古された安楽椅子、その近くにある、食事をするときに使うのであろう机などに加え、キッチンへも出られるようになっているようだ。大きな赤い絨毯が敷いてあるが、アランからでた大量の血がついてしまっている。
肝心のアランの死体をロスターは見た。脈はもう無い。
死体は部屋の左奥にあり、奥の壁を向くように倒れていた。うつ伏せに倒れている彼の胸には銃で撃たれたであろう、血まみれの丸い傷跡がある。ロスターはこれが致命傷であろうことを、他に外傷がない――すこしの怪我などはあるが、死には至らない程度である――ため結果づけた。凶器である銃がまだこの店に残っているか確認してみたが、一階、本の販売スペースにはなく、二階を探そうとロスターは少しのぞいてみたが、アランの寝室であったため、隠すのには不適とし、調査は終了した。
「ごめんなさい。警察署に行ってきたんだけれど、誰もいなくて、いろんなところ周る羽目になっちゃって」
息を切らしている彼女の後ろをロスターが見ると、ちょうどこの店に入ってくる人たちがあった。
「ノルド・アンテ巡査と」
「ローツ・ヴィンフォント警部補です。どうぞよろしく」
名コンビとでも言わせたいかのように二人は、息の合った自己紹介をロスターにした。
「毎度毎度……誰なんだよ」
「まあまあ。いい人そうだし、いいじゃない」
それから二人からの聴取や質問などを済ませ、二人もロスターの調査に協力してくれることとなった。
作業は分担され、ロスターたちは事件解決に向けて動き出す。
一階の現場調査を細部までする係のロスターは、本の販売スペースの方にも目を向けた。この空間は縦四間、横三間の長方形のような形になっており、上を見上げると、大人が二、三人縦に並んでも天井に届かないぐらいの高さまで本棚が並んでおり、でこぼこしていたり、ぐらぐらしていたり、どこか不安を感じさせる作りなのであった。奥に長くなっている販売スペースの左後ろに出入口が、角を切り落とすように設置してあり、外からは窓ガラスを覗くことでも販売スペースの全体は見渡せる。
ドアを開けてすぐ目の前の、白いクロスが斜めに敷かれた机には、最近新刊の小説が積まれており、窓ガラスからの日を受けて、輝きをはらんでいる。その後ろには、奥へと二列の本棚があり、奥に行くにつれて図鑑などの学術的な本、手前は誰もが好みやすいような小説ばかりが陳列されていた。その他の壁は、売られている本が埋めつくされ、ロスターは図書館のようだと言葉をもらした。
アランが好きであろうジャンルの本をいくつか見ても、特段気になる点はなかった。
「じゃあ、犯行現場に何かがあるのか!」
ロスターはそう思い立つと、犯行現場に続くドアを開く。犯行現場に踏み込んだとき、いの一番にロスターの目に入ってきたのは火の焚かれた暖炉の前で、安楽椅子に座り、もの思いにふけっているオリシャンテの姿であった。オリシャンテは今、アランが恨まれる動機があるか、そんな人がいるかというのを思い出していた。――暖炉に火が焚かれているのは、できるだけリラックスできる状況の方が思い出しやすいからというノルドの考えからである。
ロスターは邪魔をしてしまわないように抜き足差し足で移動する。しかし、
「ん? 何そのポーズ」
床が大きくきしんだせいでばれてしまう。ロスターの工夫は逆効果であった。
「いや、一応君を見に来たんだ。何か思い出せたかい?」
「あのね一つ、思い出したの」
オリシャンテの話はこうである。
アランは五年前、金銭面の逼迫から強盗のため家に押し入ったが、良心の呵責で、盗んだ金のすべてを元の場所に置いていったという。そのときアランとともに押し入った人間は二人。その二人は爪に火を点すような生活をしていたらしく、彼らは相当そのときのアランの行動を恨んでいたであろうという。
「あれ?」
ロスターは困惑に声を上げた。
「盗んだのを全部返したなら、どうやってここは建てたんだ?」
「実は、盗んだときにほかの仲間が形見を盗んでたらしいんだけど、アランさんがちゃんと返してくれたからって、土地まで渡しちゃって。この本屋はほとんどそのまま再利用してるんだって」
オリシャンテの言葉にロスターは「ほう」とだけつぶやくと考え込むようにする。
ドアの開く音がした。ローツたちがかえってきたようだ。彼らの入手情報は犯行現場にて、即座に共有された。
「まず、僕たちで通行人にいろいろ話を訊いたところ、オリシアさんとロスターさん以外に店に入ってきた人はいないそうです。取り調べのときにもオリシアさんがそう証言されていましたから本当に、入ってきた人間はロスターさんとオリシアさんしかいないということでよさそうです。そして、店に近い家から聞いてみましたが、入口に向かって右のお宅はロスターさんの事務所ですから省くとして、左側のお宅では『今日は何も音がしなかった』。周りでも同様の証言を得られました。」
「なのでここから私が考えた推理なのですが、単刀直入に言うと、犯人はアランバンジーさん自身なのではないでしょうか?」
ノルドの説明から引き継ぐようにローツの推理披露が始まった。
「まず、昔アランが加担した強盗事件がありました。そこでアランさんの仲間は家の人の形見を盗み出してしまったのを、盗んだお金とともに返却。アランさんは情状酌量の余地があるとされ、他の二人よりもとても軽微な刑に処され、すぐに釈放されました。これは新聞に載るほどの事件だったのですから、さすがにご存じでしょう。さて本題です。普通強盗罪となれば五年以上の懲役となりますから、おかしい点が生じるのです。彼らは今日まだ牢獄の中にいなければおかしいのです。ですから、他人は誰もアランさんを殺そうとはならないのです。しかし、唯一アランさんに恨みを持っている人がいる。それがアランさん自身です。アランさんは心優しき人です。それは盗んだものをすべて返すという人道的な行動からもわかります。ですから、アランさんは思ってしまったのです。『犯罪を一度でも犯してしまった自分には生きる価値などない』と。ですから彼は自らを銃で撃ちぬいたのです。いかがですか。私の論証は」
ローツの言葉にロスターは顔に微笑みを携えて言った。
「訊きたいんだがいいか?」
「ええどうぞ。言い返せるものならね」
「じゃあ、言わせてもらう。移動するメリットはどこにあるんだ」
「移動するメリット? ……どういう意味ですか」
「まさか見落としたわけじゃないだろ? この部屋に通じるドアの前のカーペットに垂れて続いていた血だよ。自殺するだけなのに移動する意味はあるかな。もし変に証拠を残してしまえば他殺だと疑われてしまうことになりかねないというのに、君の言う通りの人間なら、そのまま動かずに息絶えようとするはずだ」
「それは、偶然抱きながら死にたくなったから行ってしまったのでは」
ローツの言い逃れにロスターは畳みかけるように問いかけた。
「じゃあもうひとつ。なぜ今更五年前の犯罪を悔やんだんだ? 別に釈放されてすぐでもよかったはずだ。今死ぬよりも、自然なタイミングとは思えないか」
「あ、それは私がわかるかもしれません」
オリシャンテが突然、言葉をはさむ。
「警部補の言葉だと、アランさんを恨んでいる仲間たちが最悪、もうすぐで出てくることになります。アランさんはきっとおびえたはずです。だって、もうすぐで自分を殺しに来るというのがわかっているんですから。ですから今、こんなことになるのは全くおかしいことじゃないと思います」
「ほう。確かにそう取れなくもないな。でも胸にある銃痕が焦げていないから自殺はない。いいな?」
「ひどい! だったら、ミスターはどう考えてるの」
「ロスターだ。――おれだったらこう考える。この一連の犯行は強盗事件でのあの二人が関与してるって。」
ロスターの言葉にローツは口出しをしようとしたが、オリシャンテの前のめりさを思い、黙っておくことにした。
「ローツ、お前は言ったな。『今はまだ牢獄に入っている』と。」
「言いましたよ。それがどうかしましたか」
「この家をもともと持っていた人が、示談を成立させたら? アランと同じように刑の軽減ということになっていたら? もしかしたらこの家の元々の持ち主は仲間たちの知り合いかもしれない。そうじゃないにしろ、もうそいつらは、この町に戻ってきているはずだ」
ロスターの言葉は、信じにくいながらも、この推理を聞いていたみんなに驚きを与えた。
「そいつらが、どうだろう? アランを殺したあとに隠れる場所があるだろうか? 答えは、ある、だ。」
「ちょっと待ってください! つまり、元の家の持ち主がアランさんを元々の仲間に殺させるために釈放したということですか!? いったい、なぜですか?」
「それはおれが言いたいところじゃないよ。まあ、行ってみればわかる」
「行くってどこにですか」
ノルドが聞くや否やロスターは歩き出しドアを通り、会計左の本棚へと来た。
「分かりましたよ! この本棚の中に隠し扉があるんですね!」
「馬鹿言うな。キッチンがあるだろう。お目当ては、こっちだ」
ロスターが人差し指を立てる。意味は『上を見ろ』だ。
みんなが揃って上を見るが、何もない。するとロスターは別の本棚から梯子を持ち出し、目の前の本棚へと移して登り始めた。
「わかるか? あんな高さに本棚を並べる必要はない。だから思ったんだ」
ロスターの声が遠ざかっていく。そしてある場所まで来ると、手を伸ばした。その手がつかんだのは、本棚に作られたでこぼこ。
「これが通路に続く扉なんだって」
それに手を引っ掛け、横にずらすと、本棚だと思われていた引き戸に隠された通路が開くのであった。
その通路は人一人が入れそうなぐらいの大きさで、通路は奥――正確には入口向かって左の家の屋根裏当たり――に通ずる道である。
「あいつらの情報を掴むんだ。いこう」
ロスターに言われた三人は誰が言うでもなくうなずき、一人づつ梯子をのぼりながら通路へと全員入っていった、その矢先。慌てるような物音を聞き、ロスターたちは家の中へと踏み込む。
階段を駆け下りるとリビングに出た。すると二人の人間がロスターたちを背にして椅子に座っているのを目撃する。明かりは道路に面している窓からしか入ってこない。
「おい、君たち! 降参しろ!」
ローツの言葉は二人に届いたであろうが、まったく返答は無い。
不審に思ったロスターが顔を見るとロスターは驚いた。二人は青白い肌で、生気はすでになく、数時間前には死んでいたように見えた。そしてアランと同じように胸には血まみれの銃痕から出た血が血溜まりを作っていた。
「どうしたの? もしかして……」
「ああ、死んでいる。……二人ともだ」
――一日でこの事件は終わることがなく、謎は翌日へと持ち越された。
「トゥエルブページ」には警察が集まり店を封鎖し、捜査を行っているため、オリシャンテはロスター探偵事務所に泊まることになった。
翌日、火曜日のロスター探偵事務所にて。
ロスターとオリシャンテは安楽椅子に座って向かい合っていた。
「……というのが私の推理なんですけど、どう?」
「筋はいいような気がするが、強引だ。特に動機の部分でひどくなってる。オリシャンテが『私、真相に気づいてしまいました!』なんて言うから聞いてみたけど、まだ遠そうだ」
「そんな! じゃあ、そっちはわかったの?」
オリシャンテの言葉にロスターは失笑しながら言った。
「ははっ。そりゃ当然」
「じゃ、聞かせてくださいよ」
ロスターはそう言われると一息置いてから、語り始めた。
「まず第一の事件――アランが殺された事件――だ。あれはほとんど完成しているけれど、第二の事件――アランが強盗をしたときの仲間が殺された事件――と組みあわせれば新たな事件の様相が見えてくる。アランは誰かに殺された。それはわかりきってる。でも、もしあいつらが殺したとするなら君が来るより前じゃなきゃいけない。だって、銃声みたいな音、聞いたか?」
「いや、ずっと静かだったけど」
「だったら変だ。あいつらはずっと前から殺されていたはずだから、アランを殺すことはできないんだ」
「だったら、犯人はいないってことになるの? でもそんなはずはないでしょ? 双子だなんてこともないだろうし」
「犯人は間違いなくいる」
「教えてほしい。誰が犯人なの?」
空気が張り詰めた。ロスターが深呼吸をするのに合わせ偶然オリシャンテも一緒に息を吸う。二人とも息が苦しいのだ。片方は自分に良くしてくれた店主を殺した犯人が分からないため。もう片方はもう、犯人が分かってしまったため。真反対とはいえ、どちらも辛い気持ちなのは同じである。だからもう、言わなくては。ロスターは言葉をせき止める喉を無理やり絞るように言った。
「――犯人は、ローツとノイドだよ。あいつらは偽物だ。あいつらがアランの仲間なんだよ」
「えっ、そんな、嘘でしょ?」
「嘘じゃない。あいつらのことなんか、おれはしらない。あいつらは、隣の家で本当のあいつらを殺したんだ!」
悲劇に暮れるロスターの声はオリシャンテの心を揺さぶった。
「なんで、私、ちゃんと、警察署に行ってれば」
「あの状況なら、警察が本当にそうかは気にできなかった。あいつらはそれを利用したんだ。
始めから整理しよう。まずアランと仲間の強盗事件があった。そこでアランは金を返すということをする。それで、アランたちは結局捕まるが、示談成立でアランは先に釈放。それに加え、家まで譲り受けることになった。その後、本来牢獄に入っているはずの仲間たちもで示談を成立させて、懲役を短くし釈放。
そして恨みのある警察――あいつらを殺した理由は、あいつらが仲間を捕まえた怨恨があったからだろうな。アランの強盗事件に警察が顔を見せるのは、逮捕の瞬間ぐらいだ。ローツとノイドは二人とも仲が良いし、大抵同じところにいたから、一緒に捕まえやすかっただろう。
そして、殺すことで恨みを晴らし、アランの殺人に移ったんだ。あのドアないし本棚は不思議なでこぼこになっているから、構造には気づきやすかったはずだ。殺人自体は君が来ていれば音を耳にしているはずで、死体を置いていたらすぐにローツたちの所在について捜査が始まるから、連続で続けて、深夜に行われたんだ。ロープなんかを使えば行き来は簡単にできる。
殺人が終わったあとはあいつらに成りすましておれたちの捜査に協力したんだ。普通、仲間内に犯人がいるとはまず思わないし、思いたくもない。しかし、捜査中も二人は間違った推理をしたり、捜査を撹乱するような真似ばかりだった。――あいつらはそんなやつらじゃない……!
死体をそのままにしておけば、犯行現場が明らかになってしまうのに、あいつらの死体を置いておいた理由は一つしかない。どうでもよかったんだ。バレたって、ただアランを殺せれば!」
事件の全てを語り終えたロスターは小さく呟く。
「逃げよう」と。
「私、いけない」
「でも、もう来てるんだ。ほら、そこに」
そこには殺意のこもった目をした、今までローツとノイドと思われていた人間がいた。
この翌日、ロスター探偵事務所で、顔に銃弾の撃ち込まれた二人の死体が発見された。犯人はまだ不明である。




