戦神
仕事って何だ?レオナとのピクニックが終わってからしばらく経つが、特に何も起こらない。
(とりあえず、少し寝るか)
そう思って目を閉じた途端、複数の足音がこちらに近づいてくるのが聞こえた。
「オルフェン君!しっかり捕まって!」
おじさんがそう叫んだ瞬間、馬車が急加速する。
(何だ?一体何が起こってる!)
揺れまくる馬車から外を見て、状況を一瞬で理解した。
(なんだあの化け物共!?)
六本脚で口が裂けたたくさんの狼が、とてつもない速さで追って来ている。
「このままだと追いつかれる!!」
おじさんが焦りながら叫ぶ。
「うわああああ!!」
その瞬間、馬車が急停止し、俺は荷台の外に放り出された。
○
馬車は狼たちに囲まれ、ジリジリと距離を詰められる。荷台の外に吹っ飛ばされ、起き上がった時には、既にこの状況になっていた。
(どうしろっていうんだよ…こんなの…)
「絶体絶命って、こういうことを言うんだな」などと、もはや他人事のように頭が回ってしまう。
(オルフェン、自信を持って!!)
突然、レオナの声が頭の中に響く。
(どう自信を持つんだよ!!このままだと食われて終わりだ!!)
(オルフェンには私があげた力があるでしょ!!)
狼達がすぐそこまで近づいて来た!もう一か八かーーやるしかねえ!
◯
「魔獣の報告があったのはこの近くか!?」
「はい!この先の草原です!」
甲冑の騎士や長杖を手にした魔導士達が馬を走らせる。
「先発隊より連絡が入りました!魔獣の数は13匹、民間人が襲われています!」
「数が多すぎる!!スピードを上げろ!急げ!!」
そう私が檄を飛ばした瞬間、空気が変わった。
温度が下がる、そんな生易しいものではない。頭上から巨大な手で押し潰されるような、強烈な威圧感。草原を渡る風は途絶え、遠くで鳴いていた鳥や虫は一斉に沈黙した。雲が太陽を覆い、昼だというのに辺りは薄闇に包まれる。
私だけではない、周囲の者も感じ取っているようだ。馬は目を剥き、泡を吹きながら後ずさる。多くの死戦を潜り抜けてきた歴戦の兵士ですら呼吸を荒げ、指先は痙攣し、視線を前に向けられない。
(この圧……!?一体何が起こっている!?)
「落ち着け!!」
私は怒号で兵士達を現実へ引き戻させる。
「魔獣は近いぞ!このまま向かう!隊列を崩すな!」
◯
やがて魔獣の群れが視界に入った。しかし、そこで私は異様な光景に気づく。
(魔獣が……怯えている!?)
理性を失ったはずの魔獣が、明らかに恐怖に支配されている。
(あの男が、この圧の源か……!!)
灰色の髪の男、背中越しで顔は見えない。
「魔獣は怯んでいる!今の隙に魔導隊は攻撃!騎士団は私に続け!」
その後の戦いは一瞬だった。
怯え切った魔獣達は、次々と討ち倒されていく。あまりにも隙が多く、抵抗は形にならなかった。
戦いの最中、偶然にも男の顔がはっきりと見える。
(なるほど……魔獣がこれほど怯えるわけだ。)
螺旋状に渦巻く赤い瞳。
今回は魔獣だけに圧が向けられていたが、もし我々にも向けられていたなら、大半は即座に気絶してしまっていただろう。
「……もはやこれは、戦神そのものだな」