モブの矜持
この世界が、誰かによって書かれた物語であると自覚してから、早3ヶ月が経った。
俺、水無瀬は、今日も今日とて「モブ」であるための努力を続けている。
「ミナセ! いい依頼が入ったぞ!『黒牙狼』の討伐だ! 報酬も破格だぜ!」
冒険者ギルドの喧騒の中、脳筋パーティリーダーのダリオが興奮気味に依頼書を叩きつけてくる。そのタイトルだけで、俺の頭の中には危険信号が鳴り響いていた。
(黒牙狼、ね。はいはい、死亡フラグ乙。どうせ新人冒険者が粋がって受けて、返り討ちに遭うやつだろ。下手すりゃ、生き残ったメンバーが覚醒する噛ませ犬イベントじゃないか)
前世の記憶はない。だが、日本のラノベや漫画に関する知識だけは、やけに鮮明に俺の中に存在していた。その知識が告げている。この依頼は、絶対に受けてはならない、と。
「悪い、ダリオ。昨日食べたキノコにあたったみたいで、腹の調子が…」
「またかよ! お前、最近腹壊してばっかりだな!」
「生まれつき腹が弱いんだ。許せ」
見え透いた嘘で断ると、ダリオはちぇっと舌打ちしながらも、他の仲間を探しに行ってくれた。単純なやつで助かる。彼のような「熱血主人公タイプ」の隣は、物語の展開上、最も死亡率が高いポジションなのだ。俺が目指すのは、物語の隅っこで「そういえば、そんなやつもいたな」と読者にすら忘れられるレベルの、完璧なモブキャラなのだから。
ギルドの片隅で一番簡単な「薬草採取」の依頼書を手に取り、俺はそっとため息をついた。面倒なイベントは徹底的に回避する。意味ありげな古代遺跡には近づかない。やたらと絡んでくる美少女からは全力で逃げる。それが、この理不尽な物語で平穏に生き延びるための、俺だけの攻略法だった。