89.急展開と踊る
…一瞬の、ことだった。
そして、訳のわからないうちに、もう二つ分、どすどすという音が聞こえてくる。人間が、頭を叩きつけられた音だと、何故かわかった。
唖然としていると、組織の人間は、あっという間に階段の踊り場へ戻った。魔法も、何も使わず、軽やかな動きで……後ろに向けて一回飛んで、見事に着地した。それからも、踊り場から階段の手すりへ飛び乗り、上階へ消えて行く。
その時、ひらりとフードが翻る。
――外の黒からはわからない、鮮血をべっとりと塗りたくったような内側と、見覚えのある焼き印に思考が止まった。
「待…」
「リズ⁉」
「待てッ‼‼」
滅茶苦茶な動かし方で、何とか高く飛び上がった。
ふわ……っと浮いて、射程圏内にそいつの頭を捉えて。
後先を考えず、執念だけで、両手で握ったナイフを振り下ろす。
「が……ァっ」
…その結果、バキバキッと、骨が折れた音がした。
しかし、怒りに染まった視界に映るのは、憎きレオの仇敵のみ。
「殺す……っ!よくも…よくもレオを傷付けようと‼‼」
撃ち落とされた虫にもう用はない、そう言うように、コンマ一秒で、そいつの姿は消えていた。
せめてもと伸ばした私の手は、ただ虚しく空を切っていた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
『凄いですわ!まさか、あのジャイアント・リザードを倒してしまわれるなんて…‼』
「……」
私は、悪夢で目が覚めた。
見れば、やっと日が昇ったくらいの朝焼けが広がっていた。
あれから、私達三人は、散々褒め称えられてしまったのだ。アイツには逃げられているのにと、何となく釈然としなかった。それに疲れた。いくらなんでも、あの激戦のあとに絡まれるのは少々きつい。
それに、両親と国王夫妻に事の顛末を報告するという一仕事もやり遂げたあとなのだから当然だろう。
(でも、今日もなんか呼ばれるらしいんだよなぁ~~~…)
ドン!ドドン‼と効果音が付きそうなほど、でかでかとした文字が紙の上に踊っている。しかも、その紙が置かれているローテーブルは、わざわざ私の真向かいに移動させられていた。
そして、気になるその文字は、
『八時に絶対来るように』
…だ。
どこへって?
それは勿論、国王陛下のプライベートな謁見室だ。
(事件のことはもう大体調べがついてるから~ってね…。いや、何?明日の今日でできましたって?いくらなんでも、王宮、ワーカホリック過ぎません??)
私は、将来、絶対に王宮では働かないと胸に決めた。
「…それはそうと、久しぶりだなあ。侍女三人がいないのは」
いつもなら、決まった時間にビシビシと叩き起こされ…いや、叩き起こしてくれる。
が、実はここには彼女達はいない。
なぜなら、私は王宮で一泊したからである!
(うんうん。たまにはこういうのも、悪くないよね!)
今日だけは楽にしていいと、王宮でも私専用の騎士服を着ていいことになっている。
なので、王宮の侍女さんを寄こしてもらうまでもないのだ。ラッキー過ぎる。
ふんふふ~ん♪とご機嫌で鼻歌を歌いつつ、いそいそと準備をする。
早朝とはいえ、毎日のランニングが私を待ってるからね。
「よし!今日も今日とて、出発進行!」
そうして私は、ぴょんっと窓から飛び降りた。




