88.勝者は誰か
「…ジャイアント・リザード…?」
一瞬、思考が停止する。
しかし、しっぽをぶんと振り回されたところで我に返り、さっと避けた。
ジャイアント・リザードは、S+3の魔物。言ってしまえば、全身が赤い、凶悪そうな巨大トカゲ。
だが、こちらは頼れる仲間が二人もいるし、もう少しすれば王国騎士団も駆けつけてくるだろうから、そんなに身構えることはない。
それよりも気を付けなければならないのは、取り残された人々と、階段の上から見下ろしている組織の人間の方だ。
(何となく、見覚えが……。ううん、考え込むのはこれが終わってからにしよう)
私は、両手にナイフを持ち構える。
いつの間にか、リザードの正面にグレン、右サイドに私、そして左サイドにアレクが陣取っていた。
そして――リザードの炎のブレスが来た途端、弾かれたように私達は動きだした。
「「〈〈氷の護壁〉〉‼」」
私とアレクの声が重なる。
(…ふふ、同じことを考えたみたい)
澄み渡った水色が、ドラゴンの周りをドームのように取り囲む。
これで、招待客は逃げられるはずだ。
(あとは、上に立ってるアイツを見張りつつ、ちゃっちゃとコイツを片付けるだけ!)
私もグレンも、アシッド・サーペントとの戦いから、日々鍛錬を重ねてきた。
アレクも、私と一緒に魔法の練習をしているから、その伸び幅が凄まじいことも知っている。
(私達なら……いける‼)
グレンが素早くリザードの懐に入り込む。
そして、シュッと剣で一閃し、硬いリザードの鱗を、いとも容易く掻っ切った。
切られた場所が後ろ両足の健だったため、四本足とはいえ、リザードも一瞬態勢を崩す。
「頼んだ!」
「リズ合わせて!世界の海を統べる海神よ我に応えその力を貸し与え賜え――《海神》!」
「了解…ッ」
躊躇いなく大技を発動するアレク。
出会った頃よりも、大きく、そして獰猛になった海神。
その、しなやかで大きい体がリザードに巻き付いた。
そして、タイミングを見計らい――ほぼジャストタイミングで詠唱する。
「《永久凍結》!」
その瞬間、地面から発生した氷が海神をも凍らせ、完全に、リザードの足と体の制御を絡め捕った。
「グレン、さっさと殺るよ!」
「端からそのつもりだっての!」
「はぁ…行くよ。【バフ付与】《超・身体強化》」
アレクが唱えた途端、体がふわりと浮き上がる。
いきなり速くなった足と、無尽蔵かと錯覚するような体力に、「わっはー!」と言ってしまう。
「テンション上がり過ぎてミスるなよ?」
「流石にここでミスんないってば!」
「ははっ。ああ、そうかよ」
「じゃ、勢いも付いてきたし、そろそろ行くよ!」
「おう!」
「援護する。…《神の雷撃》」
短く放たれた言葉の一瞬先で、目の前に電撃が落ちた。
直撃したリザードは、「ウギャアアアぁぁァああああアアッ‼‼」とボロボロの悲鳴を上げる。
(援護が援護の威力じゃない件)
えげつねぇ…と思っていると、グレンが一気にリザードに接近した。
私も、リザードに意識を向け直し接近する。
「行くぞ――【紅蓮戟】‼」
「【複合魔法発動】迸雷の水塊‼」
私達の総攻撃を食らったリザードは、赤、青、黄色……と、たくさんの色に囲まれながら意識を失い、凄まじい衝撃を城中に響き渡らせた。
「…よし」
私はそう呟くと、階段の踊り場にいるアイツに向き直る。
アレクとグレンも、それぞれ厳しい顔で睨みつけていた。
「残るは、アイツだけ」
リザードが暴れまわっていたのに、騒ぎ立てないどころか、あの場から一歩も動いていない。ということは、関係者と見て間違いないだろう。
グレンは剣を真っすぐに向け、私は基本の構えを、アレクは手を翳し、詠唱だけ唱え、あとは発動だけ出来るような状態にしていた。
厳戒態勢だ。
「……お前は何だ?お前がジャイアント・リザードをここに召喚したのか?」
グレンの、低く、威圧感のある声が耳朶を打つ。
すると、やっとソイツは動いた。しかも、見覚えのある、ふらふらとした動きで。
「…答えないなら、肯定と見做して攻撃するけど?」
そして、アレクがそう言った、その瞬間だった。
私の視界は暗転し、天井の、壊れかけのシャンデリアと…、そして、ソイツに顔を、見下ろされていた。




