81.氷解
コンコン。
私が全力で殴ったら粉々にできそうなボロいドア。
それを叩くと、「どうぞ」という声が聞こえてきた。
ガチャッといわせながら入ると、そこには、いつも通りのような殿下がいた。
「ようこそ。早かったね。もしかして、オレに早く会いたかった……とか?…なーんて…」
「はい、その通りです」
「やっぱり……って、え?」
殿下はきょとんとした。年相応にあどけなさが残る表情を見て、安心する。
それと同時に、ぐっと拳を握りしめた。
「………殿下の尋問、とても格好良かったです」
「…‼」
「本当に怖かったことは確かですが、助かりました。しかも、あんなことがあった後なのに。…だから、ありがとう、ございました」
言い終えると、すぐに目を逸らしてしまった。真っすぐ目を見つめながらなんて、ハードルが高すぎる。
それに、良い子ちゃんみたいで少しむず痒い。違う、私は、このモヤモヤした気持ちを解消するために全部言っただけなのだ。
しかし、それは心の中での弁明で。気まずい沈黙が落ちてしまい、慌てて話題を変える。
「こっ、これだけなので!さあ、今日も作戦会議を始めましょうかー‼」
見え見えの空元気でそう言う私。
しかし、またもやシーン……としたあとで、ぷっと吹き出す音が聞こえた。
見ると、殿下が……あの殿下が、破顔していた。
「ふっ、……ははっ!君って意外と繊細だったんだね…っ」
「はい⁉い、意外とってなんですか、意外とって!」
「いや、ごめんごめん。まさか、あんな一瞬のことを気にするいい子ちゃんだったなんて、思わなくて。だって、上から振ってきて、一撃でメイドを沈めたじゃじゃ馬だよ?」
「じゃじゃっ……⁉⁉」
「誰がこんな繊細だなんて思うのって感じだよ」
「殿下、めちゃめちゃ今日は言いますね…」
ゲッソリとしながら言うと、「それだけオレと距離が近くなったってことじゃない?」と返ってきた。そうかもしれないけれど、何となく認めてやりたくはなかった。
「…あの時は、確かに自分をコントロール出来てなかったな。ジェラルドを、間接的にとはいえ貶める原因になったかもしれない女が相手だったから…」
「……」
(『自分が襲われかけた』ことより、『ジェラルドさんを助けられるかもしれない一筋の芽を潰した』ことに怒ってる…?…そんなに大事な人なんだな)
驚きつつ、耳は殿下の話に傾け続ける。
「でも…終わってから、君の顔を見て、そして……、清々した気分になっていたのに、しくったと思ったよ。君に嫌われたんじゃないかと思って」
そりゃそうだろう。
何せ、友人とはいえ、私は元々殿下のターゲットだった令嬢だ。勿論婚約相手としてだが……、そんな相手に幻滅されれば、もう私ルートはなくなるから。
「…本当に、それだけが怖かったんだ」
そう、私に嫌われたくないと怖がっている理由は、それしかないはずなのに。
今の殿下を見ていると、なぜか、それだけではないような気がするからおかしかった。




