09.ミラの森とキューティ・スライム
あれから、家庭環境はすっかり改善された。
両親は使用人の前で宣言通り謝罪とドSの告白をしたし、勿論お母様も私に地獄の特訓を施した。
その結果、もう最愛の弟が思い悩むことなど一切ないような、素敵な家庭へと生まれ変わったのだ。
結構な濃さだった転生一日目を乗り越え、転生二日目。
私は今日も、持前の突飛さで家族を騒然とさせていた。
「……リズが、魔物の森へ?…ん?あれ?私の耳はおかしくなったのか…?」
そう。実は私、魔物が生息する森に行く許可を貰いに来ていたのだった。
しかし、何度も何度も許可をせがんでいるのに、処理出来るキャパシティを超えたのか一向に答えを出してくれない。私は、もう一度ダメ押しを…と声を上げてみる。
「問題なく正常です!それよりお父様、早く許可を出してください!魔物が私を待っています‼さあ‼‼」
「いやいやいやいや、ちょっと待て。ヴィオラ…、もう、どうしようか?この子…」
「…私に訊かれても分からないわ。この子、頭のネジいくつかぶっ飛んでるんじゃないかしら」
全く。そんな私を生み出した元凶だろうに。
そう思いつつ、勢いで説得を続ける。
「私は間違いなく実践タイプです‼本当ならドラゴンに突っ込んでいって火炎放射を体感してみたいのですが、やっぱり末永く魔法で遊びたいですし!当然そのためにはレベル上げが必須ですよね⁉そこで私は、低級の魔物が出る『ミラの森』に行く許可をと申し上げているのです‼」
「やっぱりこの子おかしいわ」
「ああ……。もうここまでいくと圧倒されるよ。冗談でも言えてしまうのがね…」
困ったように顔を見合わせる両親を、私は、満足気な表情で見守っていた。
あと、私が異常なのは自然なことだ。なぜなら私は、異世界にだけある『魔法』という存在に、来る日も来る日も憧れていたのだから!
それにこの世界では、魔法は「遊び」というより、どちらかというと「勉強」寄りのものだ。しかし私の世界では完全に「遊び」寄り。というか夢物語だった。
そんな私が魔法のある世界にひょっこり来てしまったのだから、普通の人よりモチベーションが高くなるというのは至極当然なのだ。
「と、いうことでお父様。許可下さい」
「あのねえ……」
結局それから数分後に折れた両親から許可を捥ぎ取ることに成功し、私はルンルン気分で馬車へと乗り込んだのだった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
ミラの森は、Fランクという魔物の中での最低ランクの魔物しか出現しない場所で、圧倒的に初心者向けだ。ちなみに、ランクは下から、F、E、D、C、B、A、S、SS、SSSとなっている。
Fランクの魔物で有名なのは、冒険の最初を飾る最弱の魔物、スライムとかだろう。
ゴブリンなどもいるが、本当にそれぐらい。面白味の欠片も無いけれど、ミラの森に連れてきて欲しかった理由は単純に魔法を極めるためだし、彼らには私の魔法の餌食となってもらう予定である。
ちなみに、流石にレイナー公爵令嬢の私に護衛をつけないという選択肢はあり得ないらしく、我が家でも腕利きの少数精鋭を預けてくれた。
少数精鋭……というか、オリヴァーとマリアとラピスという親しい面々ばかりなのだけど。どうやら本当に腕が立つらしくびっくりした。
さてさて、ここらで現状報告は終えるとして…。
ミラの森の入り口に降ろして貰った私は、目の前に広がる森に目を爛々と輝かせる。ゲーム画面で『はじまりの森』と名付けられていそうな雰囲気だ。
「わ……っ、わあああぁぁぁあああっ!す、すごいすごいすごいっ‼これぞファンタジー、これぞ王道って感じ‼素敵!めちゃくちゃ楽しそう‼」
見かけが少女なのを良いことに、ぴょんぴょんと辺りを跳ねまわる。
辺りを忙しなく見回して、何でもいいから生き物の姿を捉えようとする。
「ねえオリヴァー!奥、行っても良いでしょ⁉」
「ふふ、はい。勿論でございます、お嬢様」
「やったぁ~っ‼…って、わあ⁉な、なんか見えた!え、あれって魔物⁉か、可愛いっ‼何あのリスの可愛さ二倍にしたような生き物‼」
「はい、あれは“リーフ・スコール”という魔物です。スコールはリスという意味ですよ」
微笑ましそうに私を見つめる三人の視線に気付かず、ただただ素直に「へえ!」と感心する。
確か、日本語でリス、英語でスコールだったから、こっちでも何という言語かは分からないけど、少なくとも英語と似たような言語はありそうだ。
「リーフ・スコールかぁ!ねぇねぇ、魔物って友達になれたりしないの?例えば~…そう! テイムしたりとか!」
「出来ますよ。実際にテイマーという職種がありますから。ただそのための魔法を覚えなければなりませんけれどね」
「うわあ……!いいな、私もテイムしたかったのに!あーあ、やっぱり全部魔法を覚えてから来るべきだったかなぁ……」
「「「……」」」
ちなみにあとから聞いたのだが、この時三人は、外野から見れば衝撃発言な私の言葉をしれっとスルーしていたらしかった。
私は、乙女ゲーコンプはしなかったが、気に入ったものはエンジョイ勢としてコンプする派なのだが…。そんなに難しいことなのだろうか。
そんなことを考えていると、視界の端に、ぷるぷるとした物体が飛び込んできた。
「…あ!あ…っ、あれ、もしかして…‼」
「?はい、あれはスライムですね」
ラピスが何の感慨もなくそう言った瞬間、私は興奮のあまり毛が粟立った。
「ぷ……、ぷるぷるしてるっ‼」
そう。思った以上に、けしからんボディをしていたのだっ‼
ゼリー状であることは知っていた。アニメで何万回と見た魔物だし、それほどの衝撃もないだろうなとさっさと練習台にするつもりだった。だった、のだが……。
ぷるるんとしたボディは、それはもう素晴らしい弾力が目に見えて分かる。ゼリーはスプーンで掬えばあっという間に崩れてしまうのに対し、目の前の生物が持っているのはハリのあるわがままボディ……‼
「か……っ、可愛い…っ!な、なにあの子…‼他の子もみんなああなの?あんなに魅惑的なぷるぷるボディをしているの⁉」
そんなの狡過ぎる。アレだな?神は私に魔法の練習台を与えないようにしたいんだな?そうなんだな???
そう思うほど、禁断の可愛さだった。
「えぇ~……真面目にテイム覚えてくれば良かったぁ~……」
「まあまあ、お嬢様。またチャンスはありますよ」
マリアがそう窘めてくれるものの、体の中の熱は一向に収まらない。
「だって、だってさ~…こんなに序盤で可愛い魔物がたくさん出てくるなんて思ってなかったの~」
そう言いつつも、諦めきれずスライムを見つめ続ける。
スライムとは草むらを挟んで対峙している(あっちは気付いていない)のだが…、見つかるのも時間の問題だろう。そうすれば多分、逃げられて、もうあの子をお目にかかることは無くなってしまうんじゃないだろうか。
「……そうだよね。あの子にはあの子の生き方があるし。そもそも今私がやろうとしてるのって、あの子を勝手に攫うことと同じな訳だし……」
言ってしまえば、小学生の頃によく言われた『お花を引っこ抜いちゃダメ!』とかそういう類だ。
あの子も生物。勝手にどうこうされるのを望んでいるかは分からない。
「………諦めるかぁ。じゃあね、ぷよ丸…」
「「「名前決めてたんだ…」」」
段々と素直に口に出すようになってきた面々をスルーしながら、ぷよ丸に別れを告げる。
しかしどうしても諦めきれず、結局、特徴的な三角のつぶらな瞳だけが目の裏に焼き付いてしまった。