80.お嬢様愛が溢れすぎている
「……はあ」
リズは、無意識に溜息を吐いた。
そして無意識なので、周りを取り巻く使用人達がオロオロしていることにも気付かない。視野狭窄に陥っているのだ。
だからだろう。なんだかんだ言ってお嬢様バカな使用人達+この騒ぎを聞きつけた義弟レオナードが、なんとかリズを励まそうとしていた。
「姉様!お菓子なら何食べたい?」
「え?うーん……、ごめん、今日は特にイメージ湧かないや」
「はっ⁉あの姉様が⁉」
レオナードの挑戦がはじめに散った。
「リズ様、ではこちらでアフターヌーンティでもご用意いたしますか?」
「ううん。今はいいよ、ありがとう」
「食でリズ様が釣れないなんて…」
「うん、今の聞こえたからね?」
続いて、料理長(心配しすぎて厨房から出てきた模様)も秒速で潰された。
「では、マッサージでもどうですか?」
「後でお願い。今はちょっと考え事してるから」
「…何か、お悩み事があるのでしたら、聞くだけでも」
「ううん、これは私の問題だから」
((((((専属侍女'sでもダメなのか⁉))))))
…こんな具合で、侍女三人も完敗した。
「あわわわ、リズ様、切なげに遠くを見てらっしゃいます…」
「そうね…。困ったわ、ほぼ使用人全員がフラれたし…」
「まさか、あのオリヴァー様でも無理とは思わなかったわ」
リリー、ラピス、アンナがそれぞれ言った。
「昨夜も、深刻そうなお顔をしていらしたし…。でも、もう出来ることが…」
「本当、どうしたらいいのかしら…」
その時、そんな風に考えあぐねる使用人達とリズの前に、リズの母、ヴィオラが現れた。
「これは…?」
困惑顔で立ち尽くすヴィオラ。
しかし、リズに目を留めると、すぐに状況を把握した。
「エリザベス。何かあったの?」
「!お母様…」
やっと気付いた様子のリズに、ヴィオラの眉間の皺が増えた。勿論、心配してのことなのだが、威圧感は半端ない。
「こんなに使用人が騒ぐということは、何かあったのね?」
「まあ、あったと言えばありましたが…。個人的な問題ですし、自分で解決したいと思います」
「それでこんな有様なの?」
「それは……」
二人に見つめられた使用人達は、揃ってサッと目を逸らす。レオナードと侍女三人だけは、リズの傍に控えていたので、不自然なほど目を逸らす結果になっていた。
「…はぁ。まあ、うちの娘が愛されているようで何よりだけれど、対処はしっかりするべきよ。何か話せないことなら、断片的にでも話してみなさい。誰かに話した方が、気持ちの整理がつきやすくなることもあるわ」
「…はい。わかりました」
ヴィオラはそう言うと立ち去った。
…立ち去ったが、親バカが遺憾なく発揮され、百回ほど振り返っていた。
((((((残念過ぎる…))))))
声が揃った瞬間だった。
しかし、彼女のおかげで、リズの考えは少し変わったようだった。
「…あのさ、話したいことがあるんだけど、いい?」
「!勿論、姉様の話なら何でも聞くよっ」
「私達使用人は…?」
「あなたたちも。全員の意見を聞きたいの」
少し硬いリズの声に、使用人達は顔を見合わせたが、揃ってコクリと頷いた。
「…もしもの話なんだけど。その…。……友達のことが怖くなって、あからさまに避けて傷つけちゃったら、どうする…?」
((((((これ絶対自分の話だな))))))
暗い影を落とすリズ。
しかし、それならば簡単だという思いを代表し、レオナードがちょんちょんと服の袖を引っ張った。
「ねえ、姉様」
「ん?」
「仲直りしたいなら、話し合いに行けばいいんだよ」
リズは、当たり前のことを聞いてきょとんとした。
「うん、それはそう、なんだけど…。ほら、事が事っていうか…」
「否定しちゃダメなとこを、否定しちゃった?」
「……まぁ、そんな感じ」
レアなリズの「むすっ」顔に、思わずレオナードの頬が緩んだ。
「じゃあ、まるごと否定しちゃえばいいよ。というか、姉様って根は善人っぽいし、ぜーんぶ素直に吐き出してくれば自然と仲直りできるって」
「うーん…嬉しいは嬉しいけどなんか微妙」
「ほら姉様、そうと決まれば行ってきて。プリン作って待ってるよ!」
ぐいぐいと背中を押されながらだが、リズは「ほわあっ!天使のプリン‼」と言って喜んだ。
そうして、リズは、迷いながらも、ヴィンセントの元へ行くことを決めたのだった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
リズを無事送り出し、満足げな面々。
平和な時が流れていた。
「それにしても、誰と喧嘩したんだろ。アレクシス様かグレン様、それかライラ嬢の誰か……?うーん…」
「?あの、レオナード様」
「なに?」
「お三方とも、本日は予定があると聞いておりました。そしてそれは、リズ様も知っておられます」
アンナの告げ口に、ぴたっとレオナードとその他使用人の動きが止まる。
「……姉様は、友達を大切にしてる。だから予定を台無しにするとか、そこに行くとかはあり得ない……つまり……」
「「「「「「「「「「「「別にいる」」」」」」」」」」」」
「………ねえさま?」
「「「リズさま…?」」」
「…ねぇ、オリヴァー。すぐ、姉様がどこに行っているか調べて?」
「はい直ちに」
「……なんか、嫌な予感がする…。そう、ライバルが増えてそうな予感が…」
…そんなこんなで、リズを送り出したあと、不穏な空気に包まれる屋敷なのであった。




