77.謎解きのはじまり
「たのも―――ッ‼」
リズは、勢いよくドアを開けた。
部屋の中にいたヴィンセントは、(ノックしてからわざわざ言うって…)と、仕方が無さそうにクスクス笑いながらリズをソファに座るよう促した。
リズがヴィンセントの部屋に訪れるのはこれで二度目。
前回からは二日ほどしか経っていなかった。
「ようこそ。君から来てくれるなんて嬉しいよ。…ところで、話があると聞いたけれど、どうしたの?」
愛おしむような表情のヴィンセントに、リズがスパイのような顔で言う。
「殿下。ご報告に参りました」
「…早いね。もしかして、オレに早く会いたいから急がせてくれたとか」
「…ハハ。ソウダトイイデスネ」
そう言うと、リズはペッと防音結界を張った。
「……それで、どうだった?」
いつもの様子とは打って変わって、真剣な表情で尋ねるヴィンセント。
そんな彼に、リズは申し訳なさそうな顔をした。
「…正直、情報の集まりがいいとは言えません」
「……でも、集まったことには集まった。なら、それを聞かせて欲しいかな」
「勿論、仰せのままに」
リズは、影から聞いた情報を共有した。
「まず……。あのメイドのことなのですが、このままお話しても?」
「構わない」
王子然とした言い方に、リズは顔を綻ばせた。
「わかりました。では早速。あのメイドは、王妃宮付きのメイドでした」
「王妃宮……」
ヴィンセントは難しい顔をした。
「しかし、度々不審な行動が見られたといいます」
「…と、言うと?」
「同僚からの証言では、殿下にとても執着していたと。不審な行動も、盗撮や尾行と思われるようなものがいくつか見られたそうです」
「…オレがただ単に執着されていた?でもそれでは、ジェラルドの件が…」
リズも同意を示すように頷いた。
「あのメイドには、何か別の繋がりがあったと考えるのが自然です。それに、そのメイドは、明らかに途中から様子がおかしくなったらしいので、何かを吹き込まれた可能性も…」
「……。別の繋がり、っていうのは?」
そう尋ねられると、リズは視線を逸らし、「…何も手がかりがなく…」と悔しそうに言った。
「公爵家の影でも……?」
「…はい。過去の出来事ということもあって、その場の痕跡や、人々の言動などから推測するしかなく…それがとても痛手のようで…。どうやら、その瞬間を誰も目撃していなかったようなのです」
「それにしても、普通のメイドなら、何か一つくらいは残していそうなものだけれど…」
「………奇妙、ですよね。うちの者が痕跡を見逃した、ということは、あり得ないとは思うのですが…」
二人揃って考え込む。
しかし、リズの方が一歩先に報告が途中だということを思い出し、咳払いのあとに続けた。
「メイドの個人情報はこちらです」
この時代、個人情報など、貴族社会では容易く手に入れられてしまう。地位の低い者ほどそうだ。そして、このメイドも同様だった。
「…男爵令嬢、だったんだね」
「はい。…今回の件で、彼女の家は没落したそうなので…元、にはなりますが」
「……罪は……。それだけ、か」
「………」
ヴィンセントは、少しだけ悲し気な顔を浮かべてから、すぐにシャキッと切り替えた。それを見たリズも、この話を長引かせるつもりはない、という言外のメッセージに従った。
「そして、今、そのメイドは地下牢に居るのですが、……面会したいと喚き続けているらしく」
「!」
「………お伝えするのが、嫌になるような話なのですが…。もう一つ。あのメイド、まるで拷問に動じないそうです」
ヴィンセントは目を瞠った。
王城の拷問官は、とても優秀だとして知られているからだ。
「…まさか」
「はい。何も聞き出せないそうです」
「そんな……」
ヴィンセントは歯噛みする。
しかし、リズは、若干の抵抗を覚えているような顔で彼に言う。
「ですが……。もし本当に聞き出したいのならば、一つだけ方法があるとか何とか」
「…‼エリザベス嬢、その『方法』って……?」
リズは、心底嫌そうにこう言った。
「…殿下が、あのメイドの元へ行くことです」




