74.嫌われ呪われヴァンパイア
ヴィンセントは、これ以上ないほどに狼狽していた。
私室に一人蹲る彼は、まさか、こんなことになるとは思っていなかったのだ。
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少女に痴女から救ってもらったばかりの朝のこと。
すぐ耳に入ってきたのが”オレの呪いが二人を蝕んだ”という囁き声だった。
別に、実母メイベルはどうでもいい。
顔を合わせたら合わせたで、薄気味悪い不気味な笑みを浮かべているだけで、何もしてくれなかった赤の他人だ。
しかし、ジェラルドは別だ。
恩人で、従者で、家庭教師で、家族で。生き方を教えてくれた人で、とても大事な人だ。
その人が亡くなったという事実と、その人が自分のせいで死んだかもしれないという事実は、どちらも耐えがたいものだった。
だからオレは、部屋に寄り付く者がいなくなったことも、社交や政治の打ち合わせがぱったりと途切れてしまったことも、気付いていたが何も思わなかった。
自分の立場が危うくなり、野望を半ば手放す危機に瀕しているのに、何も思わなかったのだ。
ただただ、酷い喪失感に酔っていた。
随分久しぶりに、オレは嗚咽をもらして泣いた。
(…オレのせいだ)
ぐしゃぐしゃと頭を掻きむしる。
(オレの周りにいたからあの人は死んだ…しかも、あんな紋章を、体を削る形で書き込まれて……ッ)
オレは、これは呪いなんかではない、意図的な誰かの犯行だと睨んでいた。
しかしそうだとしても、彼がオレの周りにいたから巻き込まれたという事実は、依然として残るまま。
「……こんなことになるぐらいなら…ジェラルドをオレから逃がせば良かった…ッごめん…ごめんジェラルド……ッ」
…最近、順風満帆だと感じていた。
政治で活躍して。
一目置かれて。
…だからだろうな、とオレは諦観を抱く。
きっと、オレが活躍するのを良く思わない奴が、オレを貶めるためにそうしたのだ。
オレは失念していた。
今の立場が、それほど弱く脆いことを。
オレは所詮、狂った側室の子で、忌み嫌われるヴァンパイアなのだということを。
『俺がジェラルドを殺した』ということに囚われ、オレはなかなか泣き止めない。
思考も纏まらなくて、何かを考える気分にもならなかった。
早く弁明した方が身のためだと分かっていたけれど、それをするだけの気力もない。
こんな時、優しく慰めてくれる人が居たら……と、オレはつい願ってしまう。
そんな人、ジェラルドしか居ないのに。
そして、もうジェラルドは、この世には居ないのに——。
「失礼しま~す」
「…は?」
このシリアスな場にそぐわない、呑気な声。
つい先日に聞いた、この声は…。
「……エリザベス嬢?」
「全く。世話の焼ける坊ちゃんです」
そう言って楽しそうに笑った彼女を、オレは凝視して迎え入れた。




