08.レイナー家のお家騒動②
『私は以前、…といっても昨日までですが、使用人達を虐めていました』
「「「……⁉⁉」」」
娘、あるいは義姉がつい最近まで虐めをしていたという事実に、三人共、目を白黒させている。
「その謝罪にまわっていたのです。今朝方、目が覚めましたから。それと、お父様」
「…なんだ?」
「貴方がたの分も頭を下げてまわりました」
グラスを持ちあげていた父の手が、ピタッと止まる。
「ご存知でしたか?この家の使用人は皆、怯えています。もう言ってしまいますが、お父様とお母様はお互い以外に感心が無く冷徹な印象を受けます」
「「……」」
「冷たいお父様とお母様。虐める私。使用人達には充実感など欠片も感じられませんでした。それに、先程私が頭を下げた、それだけのことで涙ぐむ方が続出したのです。これは大事件です」
「…いや、姉様、それはそれ『だけ』じゃないと思うけど…」
泣く泣く弟の発言をスルーし、一気に畳みかける。
「この現状について、貴方達が変わらない限り、根本的な解決はあり得ません。お父様、お母様」
一応、根拠なく追い詰めることにならないよう、皆に聞いてまわった。
さらに、今日は事前に話を通し、執事と侍女長だけを置いてもらった。
間違っても、悪役令嬢断罪シーンのようなことにならないように。
「……そうか。人が少なかったのはお前が手を回したから、なんだな。エリザベス」
「何も見せしめにしたいわけではないので。まあ、弁明があるなら聞きますが…。とにかく、私は弟が可愛いのです。弟にこんなに息苦しい場所で生活させ続けるなどあり得ませんから」
「ね、姉様、言い過ぎじゃ…」
「いや、……分かった。ヴィオラ、私達はそう見えていたらしい」
初めて夕食の席で母に話しかける父。
母も何か考えているのか黙り込んでいた印象だったが、「そうね」と独り言のように呟く。
「…確かに、夫以外とは出来るだけ情を持たず関わらないようにしていたわ。でもね、それはあなた達を邪魔に思っているとか、増してや空気のように思っているとか、そういうことではないの。……ただ、ちょっと私達の愛情表現が独特なだけなのよ」
やっと自白したお母様は、右手を額にあてながら、ふぅぅ……と押し殺したような溜息を吐く。
焦りの滲む所作ですら、しなやかで美しいのが悔しいところだ。
「ああ…、本当にすまない。言い訳にもならないが…、私は口下手で、彼女は周囲の気持ちに疎い。不甲斐ないが、……言われるまで全く以て気付かなかった」
何とか言葉を捻り出しているお父様を見ていると、赤ちゃんが「りんご~」とか、「わんわんいる~」とか言っているのを聞いているような、頑張れと応援したくなるような気分になってきた。どうやらうちのお父様は、かなり重症な口下手さんみたいだ。
おまけに、お母様に噂話や風評に疎い側面があったとは……。
というか、こんなに大惨事になっているのに全く気付いてないとは流石に予想していなかった。悪役の両親像を思い浮かべていたから、ちょっとだけ申し訳ないと思う。
「私はヴィオラのことを愛している。だが同じくらい……、お前達のことも愛している」
お父様は、私の瞳と弟の瞳をそれぞれ真っ直ぐに見つめた。
ここで『エリザベスのことも愛している』とかぬかして弟をハブりやがった場合は、タコ殴りコース一直線だった。折角の更生チャンスを折ることがなくて、本当に良かったと思う。
(まあでも、それとこれとは別件だからね)
冷徹な判断を下すと、私達四人へと揃って頭を下げたお父様とお母様をじっと見やる。
「レオ、オリヴァー、マリア。何か言いたいことがあればこの場で言っちゃって?ああ勿論、二人の発言は許可するから」
そう言うと、三人でアイコンタクトをし、最初にオリヴァーとマリアが同時に進み出てくる。
「旦那様、そして奥様。私共も、少しのすれ違いでこんな大事になるとは思っておりませんでした。確かにお二人のなさったことは残り続けますが、私はこれからもずっと、お二人にお仕え致します」
「私もそうしたく存じます。一使用人の私が言えたことではありませんが…、このようなお二人を見れば、皆明るさを取り戻すことでしょう。本当に、宜しゅうございました」
如何にも忠義の二人っぽい台詞だ。これから私が言わんとしていることが急に悪役チックに思えてくる。変えはしないが。
そして次に、レオが前に進み出た。二人は、すっと気配を消し、以前までのように壁に張り付く。
「…お義父様、お義母様。僕はこの屋敷に来たばかりで、残念ながらあなた達との関係性も深くはありません。ですが…、先程、私達を愛していると言ってくれたことが、予想以上に嬉しくて。……許す、許さない権利は僕には無いので…。その、ありがとうございます、とだけ言わせて下さい」
たどたどしいながらも、綿毛のようなほわほわした声音に、ピンと張り詰めていた空気がふっと緩んだ気がした。
『ありがとうございます』&はにかみのコンボ技は狡過ぎる、しかもそのエンジェルスマイルを真正面から直視出来た両親も狡過ぎると、脳内だけで刃物を研いでおいた。
レオがこちらを振り返り、『あとはどうぞ』と口パクで伝えてくれたので、一歩下がったレオの頭を通り過ぎざまに一回だけ撫でると、両親の前に立った。
もう真面目腐ったつまらない雰囲気はお腹一杯。そもそもこんなにシリアスな雰囲気に長時間耐えられない人間なのだ、私は。
「……エリザベス」
お父様が私の名前を呼ぶ。あ~もう、面倒臭い。
「お父様、お母様。もうこの真面目でシリアスで感動的な雰囲気に耐えられないので、単刀直入に言います」
「「……」」
「まず、すみませんでした‼」
シュバッと頭を直角に下げたあと、シュバッと頭を上げる。二人の許しは要らないから。
「…お二人が気付いていたかどうかは分かりませんが、私は使用人達を散々虐めていました。こんなに偉そうな顔をしていますが、加害者なので同類です!」
ふう、と一息挟んでから、「ですが」と続ける。
「完全な同類ではありません。私は罰を受けたのに、お二人はまだ受けていないからです」
「……罰?」
お母様が訝しむように眉間に皺を寄せる。
しかし、何かをやらかしても謝るだけで大抵が済むなんて、そんな甘い話は無いのだ。
「ですから、お二人は相応しい罰を受けるべきです。今までの発言を聴き、やっと私はお二人を父と母だと認識しましたが」
「「えっ」」
「お二人共、お気を確かに!」
「ですが、まだ私の父と母だと認めただけです!私が然るべき罰を受けたというのに、親が子と同じくらいのことを出来ないようなら――」
「――失望される、という訳ね…」
つまり、罰を受けろと。
娘からがっつりめの叱責を受けた両親は、どちらからともなく顔を見合わせると、覚悟を決めたような顔で頷き合う。そしてまた私の目を穴が開くほど見つめてきた。
「その罰とは何だ?」
「…ふふっ。よくぞ聞いてくれました…。そう、私がお二人に与えたい罰とは――」
「「罰とは……?」」
「全使用人に!お父様とお母様の愛情表現がドSだということを公開することです‼」
ババーン‼とキラッキラッ輝く瞳で左手は腰に、右腕は横に広げて宣言する。
そう、私はこれがやりたかったのだ。お父様とお母様の愛情表現がドSで、それらを無意識に発揮し相手を怖がらせてしまわないようにずっとずっと二人だけで隠し続けていたと分かったときからずっと。
相手を怖がらせないようにする?なら、罰も兼ねて全てを詳らかにしてしまえばいい。
そういう性格の人だと分かることで、怖い言動もいくらか柔らかく解釈されるようになるだろう。
二人が今後、使用人と関わっていく上で大切な工程だ。多少恥ずかしいかもしれないが、そういう種類の“罰”ということで一石二鳥。
「…どんな性癖がお二人にあろうとも、このオリヴァー、どこまでも付いて行きます」
「右に同じく。それに愛情表現の形は人それぞれですしね」
「……?ど、えす?」
三者三様のコメントが贈られる。それらが、お母様からじわじわと滲み出る怒気をさらに増長させた。
しかし私はそれに気付くことなく、さらなる罰を言い渡す。
「それから、相手に愛情を上手に伝える方法を学んで下さい。自分の欲求は満たせなくても、相手に『好きなんだよ』と伝えられないと、拗れることもありますから」
いいことを言った、言い切った…、そんな達成感に包まれる。
そんな私の元へ、怒りボルテージが最高潮に達したお母様の雷が、遂に落ちた。
「……エ~リ~ザ~ベ~ス~~~…‼‼⁉」
「ん?って、ええっ⁉お母様、なんで般若みたいな顔に――」
「…般若?今、般若と言ったの、エリザベス?」
「え、あっ。えーっと…」
「いいわ!その罰、受けて立ちます‼」
「「えっ⁉ヴィオラ(お母様)⁉」」
「…その代わり、貴女には“母”として、み~っちり、レディへの言葉遣いを叩き込んであげますからね…?」
めらめらと燃える母から逃げなさい、と生存本能がサイレンを鳴らす。
でも、もう遅い。
「…あら。逃げるの?リ~ズ…?」
「ひいいいぃぃぃいいっ!ごめんなさーーーいっ‼‼‼」
“母”は強しとは、まさにこのことだった。