69.月が綺麗ですね
「……『月が綺麗ですね』」
さあ、気付くかな?と揶揄い半分に顔を覗き込んでみる。
すると、ライラは訝し気な表情をしていた。お子様にはまだ早かったらしい。…それか、この世界にはこの言葉の意味が広まっていないのか。
「?なんでいきなり敬語なのよ。それに、月なんていつもそんなに変わらないじゃない」
「もー、風情がないんだから」
どちらからともなくホールドをとり、月の光と漏れ出てくる音を頼りにダンスを踊る。
「…はぁ、こんなことバレたら、我がアシュリー家の恥になるわ」
「じゃあなんで誘ったんだ…」
「そんなの、あなたと踊りたかったからに決まってるじゃない。というか、気持ち悪いのよあなた」
「何が?というか何でいきなり悪口……」
強めのデレとツンに思わず遠い目になる私。
しかしライラは、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「だって、誰相手でも顔を近づけられたらすぐ赤くなってたじゃない」
「ライラまで見てたんだ……」
最悪……。とそう呟くと、「一生反省してればいいわ」ととんでもないことをさらりと言われた。なんで体の自然な反応に従っただけでこんなに言われなきゃならないのか。
「それに……。…十五歳になったら、この国の貴族子女は皆、学院に入らなきゃならないでしょう?」
「え?うん、まあ…」
この世界、この国にも、学校という機関はある。そして、私達が十五歳で強制的に通うことになるのがそのうちの一つ、学院だ。
「学院がどうしたの?」
私がそう尋ねると、ライラが何でもないことのように言った。
「だってわたくし、学院に行かずに隣国行くもの」
顎が外れたかのような間抜け面をポカーンと晒す。
「それで、別れのダンスに誘ったのよ。まあ、完全に会えなくなるわけじゃないけれど…」
「そっか…だから……」
衝撃が長引き、二単語しか発せない。
しかしライラは、まさかの急に男性パートを踊りだし、私をくるくると腕の中で回して見せた。
「わ――っ」
「ちょっと?煩いわよ」
「だって…ってもう終わる!」
「本当ね。ふっ、と」
その軽い掛け声とともに、ふわっと体が宙に浮いた。
「…はへ?」
そして次の瞬間、すぽっと細い腕に抱きしめられていた。しかしこれは……お姫様抱っこ、というやつだ。しっかり膝裏と首裏に腕の感触がある。あああああとお腹になんか柔らかいモノが当たってる気が…っ!
「……あ、あの~ライラさん…そろそろ下ろして頂けませんか……?」
「わたくしでも照れるのね?ふふっ、いい気味だわ♪」
「うわあ絶対下ろして貰えなさそ~…」
それに対しては、無言の笑みだけが返ってきた。
それからしばらく、二人で何も言わずに、お互いのぬくもりや息遣いを感じながらそこにいた。まるで、これから一緒にいられない分をたっぷりと吸収しようとしているかのような、不思議な間だった。
お姫様抱っこから下ろして貰い、みんなにもこのことを伝えに行った後は、グレンと踊ったあとで、パーティ内で騒ぎ過ぎないパーティをした。その後アシュリー家でのパーティも決定したのだった。
ところで、「ライラとみんなは仲が良いの?私とだけじゃないの?」と思う人はいるだろうか。いたならこれを聞いて欲しい。
まず……、みんなの間でそれぞれ違いはするだろうが、友達として大切に思っていそうなのは本当だ。密かに『ライラに送るプレゼントを買うショッピング』なども計画しているし。みんなも真剣に選ぶだろう。何より、みんなもライラのことを大切に思っているからこその行動も多かった。
突然過ぎるライラの暴露と、ライラ関連に変わったパーティ、そして何気にしつこくこちらを狙ってくる殿下を上手く撒きつつ、パーティの夜は更けていった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
パーティが終わり、一気に明かりや音楽が落ちる。華やかさがぱっと散ってしまったような、どこか寂しさの残る空間の中、オレはバルコニーから月を見上げていた。
藍色と綺麗な青がグラデーションになっており、名画のような位置に煌々と光り輝く満月があった。しかし満月はどこか赤い。パーティが終わり、段々と赤くなってきたその月は、ブラッディ・ムーンと呼ばれる、オレ達ヴァンパイアにとって大切な月だ。
しっかりたっぷりと赤光を浴びつつ、赤い眼球を意味ありげに細めた。
そして、その赤い世界に呟きが落ちる。
「…はぁ。なかなか落ちてくれないなぁ。オレは……何としてでも、君を捕まえなきゃならないのに」
物憂げに意味深な言葉をこぼすオレは、いつの間にか、ヴァンパイアらしい危険な笑顔に染まっていた。
2話連続投稿、明日から
22:00
になります…!今日は完全に遅れました、すみませんでした‼あと今日のもう一話は23:00に投稿予定です!




