68.嫉妬とワルツ
和やかなワルツが流れる。
ゆったりとした曲調に、今まで躊躇していた人々も思い思いに繰り出していく。
その中に紛れるようにして、私とレオもくるくると舞っていた。
それ自体は普通。しかし、明らかに異常な点が一つあった。
(距離が…距離が明らかに近い……‼)
傍目から見ればわからない程度の、しかし実際に踊ってみると格段に違う距離の差だ。もしかして、さっきの不穏な呟きが…。
「姉様?もー、ボクとのダンス中によそ見しないでよ」
「あー、ごめんごめん」
「絶対そう思ってないじゃん!」と言いながらぷくぅ顔をするレオを間近で見てしまい、蹲りたい思いを必死に抑える。静かに悶える中で、なんとかダンスに意識を向ける。
デビュタント以降、レオとはずっと踊ってきた。家族で義弟なレオと踊る、というのが、婚約者が未定の令嬢としては助かることだったから。私自身も、可愛いレオと踊れるのは有難かったし。
リードはレオに任せている。レオのリードは、最初は少し頼りなかったけれど、今や心強いまでになった。ワルツが一番得意そうだし、ほんわかとしているリズムもどこか合っている。それに、レオのリードは安心するので、私はとても好きだった。
「…わ、曲が終わっちゃった」
そう言うレオの声が聞こえて、意識が浮かび上がってくる。ほとんど習慣でダンス終了時のカーテシーをする。
(とりあえず終わったみたいだし、あとは壁の花にでもなっておこうかな…)
そう思い、レオの腕に手をかけようとしたとき、「待って」という聞き慣れた声が聞こえてきた。驚いて顔を上げると、そこには、銀髪と透き通る青の瞳を持った、お馴染みの美少年がいた。
「……失礼します。彼女と踊っても良いですか」
いつもの態度は変わらず、しかしちゃんと社交界のマナーを守り、パートナーのレオに確認をとるアレク。そんなアレクに、「……どうぞ」と膨れっ面のままレオは言う。
「じゃあ行くよ」
「…」
「…はぁ。レイナー公爵令嬢はどうですか?」
「…ふふ。勿論どうぞ、行きましょう」
可愛いなぁ…と心の中で思いつつ、その場でホールドをとる。揶揄いたくなってしまうのは、可愛い方が100%悪いのだ。
やがて次の曲が流れ始めると、私達は息を合わせて足を運ぶ。
「いやー、助かったよ。ありがとね」
「?まあいいけど…。ところで、さっきのアレはなんだったの。君、顔を近づけるのが趣味だったの」
アレクの嫌味な言い方に、「そんなわけないじゃん…!」と最低限の声量で抗議する。
「あれはあっちが近付けてきたの!こんなうら若き乙女にあんな真似をするなんて…特に第二王子殿下。絶対に許さない…」
「ちょ…。気持ちは同じどころかそれ以上だけど、ここで言うことじゃないでしょ」
「それはそうだけどさぁ…」
「……それに」
周りにわからない程度の不満顔で訴える私に、アレクが真剣な表情で問いかける。
「…君も、満更でもなさそうな顔、してたよね?」
「……はい?」
問い返すと、アレクは顔の上半分に影を落とした。
しかし瞳はギラギラと輝いており怖いくらいだ。助かったなんて嘘だった、全然助かってはいない。
「顔を近づけられたくらいであんなに赤くなって」
「……」
あんなに…。そんなに遠目からでも赤くなってたのか私……。
そう思って、項垂れた。自分の醜態が作った傷が大きすぎる。
「…実は、あの後鬱陶しそうにしてた時も、内心嬉しかったんじゃないの」
(Oh…アレクが彼氏の嫉妬みたいなことしてる…)
心の傷を抉られながらもそう思ってしまう。(最近、アレクの可愛さにきゅんとさせられることが多くなってきたよなあ)と呑気に考えながらも、「いや、それはないよ」と冷静に言い返す。
「本当だよ。それだけはない、絶対に」
「……ふぅん。それだけはないんだ、絶対に」
「そう。ないよ、絶対ね!」
語気を強めて言うと、アレクがどこかほっとしたような、やすらかな顔になる。そして、なめらかで繊細なリードに、いつものような安心感が加わった。どうやらアレクの中で、その問題は終わったらしい。
私もつられてほっとしたところで、曲が終わった。なんだか終わるのが異様に早い気がするが、気のせいだろう。今度こそ、アレクにダンスホールの外に連れて行ってもらおうとしたところで、「「リズ(様)!」」と同時に声がかかった。
恐る恐る、目を向けると……そこにはライラとグレンがいた。
「…グレンは何となくわかるけど、何故にライラ?」
「なっ、酷いわよ!」
「何となくわかられるのも嫌だけどな?」
「だって、社交界のルールで、踊れるのは男女同士だけって決まってるから…」
いくら男女差別が薄いこの国でも、そういうのは流石にあった。女性と女性が踊ったり、男性と男性が踊ったりというのは、まだこの国では認められていない。隣国では認められたから、時間の問題だとは思うけれど。
少なくとも、ここでライラと踊って、ライラも私も、どちらも社交界の笑い者にされることだけは避けたかった。
しかしそれはライラもわかっているのか、うっと言葉に詰まっている。
「…だから、あっちで踊ろうって誘いに来たんじゃない。リズ様さえよければだけど…」
「あっちって……庭園?」
視線の向きを辿った答えに、ライラはこくりと頷いた。自信なさげなのは、そこが庭園という場所だからだろう。庭園ならば殆どバレないだろうが、万が一ドレスを汚せば、お説教コース待ったなしだ。
……しかし、面白い提案でもある。少なくとも私は、そういうスリリングな遊び(健全なやつ)は大好物。それに、ライラこそ庭園で踊ることに拒否反応を示しそうなものなのに、それでも私を誘ったということは……それだけ私と踊りたい、そう思ってくれているということだろう。
こんな可愛さの詰まった提案、乗るしかない。
「レオ、いい?」
「ダメって言っても行くくせに」
「えへへ、ごめん。すぐ行って戻ってくるから」
「俺は」
「じゃあ、行ってくる!」
「だから俺は…」
「よし、そうと決まれば早く行くわよ」
「俺マジで今日空気だわ」
そうして、私とライラは、庭園にある綺麗な噴水を目指し歩き出した。
【連絡事項】
年齢と、ヴィンセント章での年齢に関わる文章を変更します。
リズが「十四歳」、ヴィンセントが「十六歳」ということにします。第一話も、年齢にまつわる部分だけ変更しますので、読み返さなくても、「ああ、ちょっと年齢が引き上がってたんだな」くらいで大丈夫です!それでもまた読み返してくださるという方は、お手数かけますがどうぞゆっくり読んでいって下さいね。
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【整理用】
13歳・レオ
14歳・リズ、アレク、グレン、ライラ
15歳・×
16歳・ヴィンセント




