07.レイナー家のお家騒動①
(うーん、両親はネックだよね…。ならまずは使用人さん達から……)
私は『㊙ノート』に先程書き込んだ作戦を思い出し、早速侍女三人をお供に連れ部屋の外へと繰り出した。私がレイナー家の平和とレオの笑顔のため出した策は、『地獄のぺこぺこ大作戦』。これを決行するため、いそいそと使用人を探す。
すると、ようやく第一村人を発見した。
(説明しよう!『地獄のぺこぺこ大作戦』とは、この公爵家の全使用人にきっかり直角九十度の最敬礼をし謝る、腰的に地獄な作戦である‼)
公爵家に仕える使用人は、総勢百名。
公爵家としては少ない方だが、それら全ての人に腰を折るのかと思うと……。はは、仕方ないとはいえ、全てが終わる頃には腰が砕けていそうだ。
ちなみに先程の第一村人は執事のオリヴァーである。
(…フゥー……)
「…オリヴァー」
「‼…これはこれは、エリザベスお嬢様。どうかなさいましたか?」
くるりと振り返ったオリヴァーの顔は、完璧な営業スマイルで整えられている。役者も顔負けの演技力だ。そんなオリヴァーに、私はスッと腰を折る。
「…本ッ当に…本当に、本当に本当に今まで、申し訳ありませんでした‼‼‼」
「……?????」
オリヴァーが驚きのあまり固まった。その隙に、真面目に、はきはき謝罪を重ねる。
「今まで、私の父と母、そして私がご迷惑お掛け致しましたこと誠に申し訳なく思っており…それはもう一生返しきれないほどだと存じ上げていますが、私は心を入れ替え今後一生、貴女方を虐めないと誓います。両親にもよくよく言い聞かせておきますので、何卒…何卒よろしくお願い致します‼」
呂律もまわり、完璧に決まったと暗黙のSTEP4に差し掛かる私。
……5秒。
…20秒。
30秒。
40秒。
1分。
2分。
3分。
5分。
(……なるほど。そういうことか)
7分。
(つまり――)
10分。
(我らの怒りが簡単に収まるとは思うなと私にぺこぺこ地獄の真の苦しさを味わわせているのだな⁉)
バカである。
オリヴァーは、感動のあまり二の句が次げていないだけである。
しかし当の本人はそれに気付かず、未だ頭を下げたままだった。
(しょうがない…っ!ここは少女と家族の罪を、私の腰を犠牲にして償おう…っ)
11分後。
(いやいやいや流石に酷過ぎじゃない⁉一応九歳だよ私⁉それに健康優良児の暴れ馬だった前世とは違って、公爵令嬢の体ってかなり脆弱なんだからね⁉うう、オリヴァー…あなたがそんな鬼畜だったなんて……ッ)
※オリヴァーは感動で硬直しているだけです※
「…お嬢様、立派になられて…」
(‼オリヴァー……)
やっとオリヴァーが口を開く。そして、やっとリズも感動中のオリヴァーに気付いて…
(アンタよくも私に十五分も腰痛の刑にしてくれたなこんにゃろおおおぉぉぉおっ‼今結構ずきずきいってるんだからな!そしてアンタが最初なんだからな‼これを私は今から九十九回繰り返すんだよ⁉鬼かアンタは‼)
…いなかった。
最後の最後まで腰痛の刑だと信じて疑わないリズだが、しかし、謝っている立場上、恨めしく思うだけで特に文句も言うことが出来ないのであった。
それから私は、真面目に、一人一人に頭を下げてまわった。
硬直時間がみんな長くて、二時間ぐらい余裕でかかってしまい、もう私の腰も砕ける寸前だけれど、これから家族全員での夕食である。両親との関係の構築もミッションに入っている私にとって、夕食の欠席はあり得ない。
…なにより、愛する弟との初めての夕食。サボるわけにはいかないのだ。
ん?絶対後者が本当の理由だよねって?…勘の良いガキは嫌いだよ。
して、今現在、私は夕食の席に座っている。貴族の家庭らしい長テーブルだ。
配置的にレオとはほぼ向かいなので、可愛いお顔と食べる姿を見ながら食べることができる。最高だ。
そして私達は食前の祈りを捧げ、夕食が始まる。
ステーキは頬がとろけるほど美味しくて、公爵令嬢として生まれた意味があったと感じた。
シャンパンもしゅわしゅわしていて美味しいし、サラダも使っている野菜が新鮮過ぎて、一瞬だけ顔を蕩けさせてしまったほどだ。
「うま~♡」と絶品料理を味わいながら弟の顔を見る時間……。良い‼ついでに私にガン見されて少し恥じらっている弟も最高に可愛い‼
全力で姉馬鹿を発揮していると、「…そういえば」という父の声で我に返った。邪魔しやがってという気持ちがなくもないが、ミッション達成のため父も必要。素直に耳を貸すことにする。
「……今日一日で、随分レオナードと仲良くなったんだな。エリザベス」
「そうですね」
一にも二にもまず同意。これ鉄則。
「なんでも、愛称で呼び合っているとか」
(はっ‼これは…レオと私の仲良し度についての確認⁉)
「はい。私からはレオと呼んでいますし、レオからはリズと呼んで貰っています。ね?レオ?」
「はい。リズ姉様はこんな僕にも優しくしてくれて。女性のお手本のようでした」
「そういうレオこそ、とてもしっかりしていて可愛いのです。まさに理想の弟ですよ!」
少し言葉に熱が入ってしまったのは仕方ない。理想の弟という言葉がこれほどしっくりくる子は、なかなかいないだろう。
「……そうか。…それで、エリザベス」
「はい?」
「今日、使用人全員に頭を下げてまわったそうだな。理由を言ってみなさい」
ああ、これが本題だったかと、父の鋭い視線を受けて勘付く。しかしまあ、元々父には直訴するしかないと思っていたし、それが少し早まっただけだ。計画に何ら支障はない。
「…分かりました」
私はカトラリーを静かに置くと、父に向き直った。
そして、遂に自白する。
「私は以前、…といっても昨日までですが、使用人達を虐めていました」