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異世界エンジョイ勢は無自覚逆ハーレムを築く  作者: ごん
リズと兄貴肌・騎士団長子息
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【閑話6】追憶②(イザナ視点)


 騎士団で後処理が行われた。私は大事を取って、ずっと救護室で寝かされていた。団長は……、ずっと傍らに居たような気がする。確か、滅多に見られない泣き顔も見たはずだ。あれはとても傑作だった…。


 ……それから、私への聖騎士の称号の授与は取り消され、副団長からも、現役からも退くことになった。聖騎士の称号は、今も尚強い者へと捧げられるものだ。刻むはずだった名は、終ぞ刻まれなかった。


 しかしそれも当然だと思う。あれから私は、元の実力の半分も……いや、その十分の一も出せなくなったからだ。だから、強さの関係で副団長から降ろされ、副団長には私の副官がついた。ついでに療養生活で体も鈍り、生きる希望を失って、私は現役まで退いてしまった。


(……ああ、あの頃が…あの日が間違いなく、私の人生の絶頂でしたね)


 一人の部屋で、ベッドに寝転がり、呆然と天井を見つめる。


(何よりも打ち込んだもの…だったのですが、ね……)


 悔しさに、頬を一粒の雫が伝った。



 ♦ ♦ ♦ ♦ ♦



 それから、無気力人間になってしまった私を心配した人々が、大勢私の元へ訪れた。団長もそのうちの一人だった。そんな時、ふとグレンの話題が出た。私は元々、手が空いているときにグレンの剣の指南役をしていた。だからだろう、心配していると、どこか気にしている風に団長は言った。


(きっと、私がグレンを庇ったせいで片腕を失った……と、そう思っているからでしょうね)


 相も変わらず武器用な友に、ふっと苦笑した。

 そして、それからそんなに経たずに、私はグレンの元を訪れた。


 グレンは、生きていて良かった、腕を俺のせいでごめんなさい、と泣きじゃくった。あまりにもそればかり繰り返すものだから、団長と二人で笑ってしまった。


 それから、私は時々、グレンの様子を見に来るようになった。あの事件以来引きこもりがちだった私が出てくるから、団長も安心したのだろう、いつでも見に来る権利を与えられて、私はすっかりデイヴィス侯爵邸の常連になってしまった。



「……ねぇ、団長」

「何だ?イザナ」

「………今更指南役に復帰したいと言ったら、怒りますか?」



 そう言ったときの団長の顔は見ものだった。

 目も口も間抜けに開いて、やっと呑み込んだかと思えば「本当か⁉本当なんだな⁉」と珍しく感情をあらわにしていた。あんなに暑苦しいのは、思えば団長に就任して以来だった。ついでに肩を掴んでグラグラと揺らされたのでチョップした。


 それから、再び剣に触れる生活が始まった。久しぶりに剣に触った時の言いようのない安心感は、私が剣から離れられないことを示していた。


 剣の指南役に本腰を入れるようになると、グレンはどんどんと吸収していった。その様が面白く、また、過去の自分を見ているようで辛くもあった。

 才能も、純粋さも、自分が失ったものを彷彿とさせる少年だった。しかし、自分が庇い助けた人であり、相棒の息子だ。そんなちっぽけな嫉妬心をおくびにも出さず、私は稽古をつけ続けていた。


 ……しかし、グレンが人前で剣の腕を披露してみせると、どこへ行っても、グレンの騎士としての賛辞を耳にした。私が教えをつけているというのもあり、聞く機会も多かった。

 それが嫌だった。じっくりと、私の心を毒に侵されていくようで。


 …それでも、まだ醜い嫉妬心を隠せていた。

 それなのに、あの日、全てが変わってしまった。


 グレンに、ブラッディ・ベアのことを教えた日のことだった。



「これは、ブラッディ・ベアという熊の魔物です。一度見たことがあるはずですよ」



 傷を抉ることにならないか心配だった。魔物を勉強しておくのは生き延びるのに必要不可欠だとはいえ、変に傷つくようなら教えるのをやめようとも考えていた。しかし、グレンは平気そうな顔をしていた。ほっとしたのも束の間、グレンは言った。



「でも……見たことないぞ?」

「……はい?いえ、見たことはあるはずですよ。あの、燃える森で…」



 私らしくなく取り乱してしまったことを覚えている。

 しかし、それを言ってもまだ、グレンは思い当たらないようだった。



「…私のこの腕のことは、覚えていますか…?」



 まさかと思い聞いてみると、「え?腕…?………?」という反応が返ってきた。…鈍器で、頭を思いっきり殴られたようだった。


(…忘れ…、られた?)


 思った以上に、ショックだった。

 心の傷となる記憶は、しまい込まれることもある。そう伝え聞いていたが、グレンにはまさにそれが起こったのかもしれなかった。

 しかし、それと納得できるかどうかというのは別問題だった。


 私はその後すぐに授業を切り上げて、前のように閉じこもった。


(私が……私が庇ったから今があるのに………剣の腕を、磨けているのに………)


 虚ろな瞳とは裏腹に、頭の中は強い怒りと喪失感が占めていた。


(…………これまでも、これからも…何も知らずに、のうのうと生きていく…?私の人生を…奪ったのに…?)


 そう考えた途端、今までに感じたこともないほどの凄まじい感情が溢れ出てくる。

 憎い…辛い…悲しい…憎い辛い辛い寂しい憎い侘しい辛い憎い辛い憎い辛い……

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……ッ


(若くて才能があって…健康で五体満足で…何より…私が奪われた”未来”がある………)


 その日から、私はとり憑かれたようにグレンを虐げた。剣を振り下ろす手を止めようとしたが、感情が理性を大きく上回っていて、遂に止められたことはなかった。

 飽きもせずに、毎回毎回毎回…。

 最低なことをしていると気付きながら、やめられなかった。何も知らずに純粋に剣を持てるその腕が、羨ましかったのだ――。



 ♦ ♦ ♦ ♦ ♦



(…まあ結局、その鬼のような私も、グレン様に祓われてしまいましたけどね)


 昔を振り返り、苦く笑う。

 そして、師匠と呼んだあの子を思い出す。

 あの子が、思い出したのか、それとも思い出さなかったのかは定かではない。が、これだけは言える。



「今度は一生、心の底から応援しています」



 嫉妬が綺麗サッパリなくなったわけではない。

 けれど、弟子を純粋に応援する師の気持ちを知ったのだ。


 窓から見える快晴が、私を浄化するように笑っていた。

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