【閑話5】追憶①(イザナ視点)
私、イザナ・ラドフォードは、団長を副団長としても友人としても支える、現役の騎士だった。少なくとも周りからはそう見られていた。
(さて……この書類を団長の元へ持って行って…あとは騎士達の訓練をしたら、今日は終わりですね)
コンコン、とノックをして遠慮なく扉を開ける。そこにはいつも通りの友がいて、余程疲労が溜まっていたのか、執務机で寝こけている。
「今来たのが私でなければどうするつもりだったんだ……」
苦笑しつつも、傍にあったブランケットをかけてやる。規則的な寝息が聞こえてきた。
(……まあ、無理ないか)
団長は侯爵と兼任している上に、今は幼い息子の面倒も少し見ている。朝昼晩と働きづめのようなのだ、少しぐらい転寝していようと文句は言うまい。
「…ん?この書類は…」
副団長という役職上、団長への書類を見ることは日常茶飯事だったが、その中でも珍しいものを見つけた。
「…!これは…私の名前……?」
イザナ・ラドフォードという文字が書面に踊る。
それに目を通すと、驚くべき内容だと判明した。
『イザナ・ラドフォードを「聖騎士」位に据える』
聖騎士とは。
言うまでもなく、騎士の中の最上位であり、既に団長は賜っているものだ。この国の全騎士の憧れともいえる。それに自分がなるというのだ、流石の私も嬉しさに目を輝かせた。
(ふふっ……だとすると、団長は悔しがるでしょうね。せっかく私を驚かせようと待っていたのに、私にもう見られていた…なんて光景が目に見えます)
温かい気持ちになりながら、私は書類をドンと積み、団長を起こさずそのまま下に降りた。
庭では、騎士達が打ち合いをしていた。
「!副団長‼」
私に気付いた騎士が、パアッと顔を輝かせる。
「お疲れ様です」
「は……、はい!お疲れ様です‼」
ビシッと敬礼する彼を見て、プロフィールが頭に浮かんでくる。
(確か、彼は一番の新入りでしたね)
ちらりと何気なく目をやると、大分ボロボロになった騎士服と肌に付着した土埃、そして手の剣だこが目に入る。それらからは、この騎士が精力的に訓練に励んでいることが伺えた。何となく誇らしい気持ちになった私は、穏やかな微笑みを称えて彼に言う。
「これからもその調子で励んで下さいね、ロベルト」
「……っ!は…はい……‼」
感激したように瞳を潤ませて、何度もコクコクと首を縦に振るロベルト。自分も、努力している仲間を見るのは好きなのだ。これも、ただの印象操作ではなく、純粋な気持ちも混ざっていた。
その時、私の補佐に据えている騎士、ルードが私に駆け寄り、素早くコソコソと耳打ちをする。
『…副団長。B地区の森で貴族が魔物に襲われているようです』
『……そうか。私が向かおう、ルードの小隊も直ちに編成してくれ』
『はっ。承知しました』
簡潔にそれだけ言うと、ルードは小隊の元へ駆け寄っていった。
(さて。私も出る用意をしましょうか)
私は剣を佩き、いつも通り任務にあたった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
そこかしこから火の手があがっている。
(もう既にかなり酷い状態ですね……)
場所が場所だからか、燃え広がるのも随分早い。
煙を極力吸わないように進んでいくと、燃える森の奥に、子供とブラッディ・ベア(S+11)が見えた。そしてその子供は、緋色のような赤い髪と、それよりも少し薄く、しかし宝石のように綺麗な瞳を持った少年で――間違いなく、団長の息子のグレンだった。
そしてグレンは、私の目の前で、ブラッディ・ベアの鋭い爪で、今にも切り裂かれそうになっていた。ブラッディ・ベアが、大きく腕を振りかぶる。
「――ッ…‼」
ぶしゅうっと血が噴水のように湧き上がり、あり得ない勢いで、私の腕が吹き飛んだ。長年連れ添ってきた利き腕が……いとも容易く、吹き飛んだのだ。
「ぐ…………ぅ、っ」
もう片方の腕には、私のなくなった利き腕を見て泣いているグレンを抱えている。そんな私は無防備だったが、頼れる私の副官が、もう一度私達を襲ってきたブラッディ・ベアの爪を切断した。
「副団長‼‼‼おい、ここに魔導士を連れて来い!今すぐに‼‼」
怒号のようなルードの声が響き渡る。一人の騎士がすぐ駆けて行ったが、私は、もうこの腕は治らないレベルだと直感的にわかっていた。自分より取り乱している者がいたからか、はたまたもう無理だという諦めからか、妙に冷静なままでいられた。
「…ルード、グレンをお願いします」
「え…?い、いけません副団長!利き腕がない状態では、いくら貴方でも…」
「何を言っているのですか、ルード。ブラッディ・ベア如きに後れを取る私ではありませんよ。…例え、片腕が吹き飛ばされていようともね」
ふっと不敵な笑みを浮かべると、強引にグレンを押し付ける。グレンの瞳が私を捉えていた。
「……それに、仇を取りたいのですよ。私の愛する利き腕を飛ばした、張本人ですからね」
――そこからの記憶は朧気だ。ただ、気付いた時には、ブラッディ・ベアを真っ二つにしていた。しかし悪趣味なことに、ブラッディ・ベアの最期の姿は、いやに鮮明に覚えていた。




