60.証明
イザナに「これまでの成果を出すため」という名目で勝負を取り付けてからというもの、目まぐるしく日々は過ぎていった。
リズや、リズの侍女のラピスさんに代わる代わる相手をしてもらう。
朝、昼、夜、朝、昼、夜…と、どんどん空の色が変わっていく。
カキンカキンと打ち合う音が、いつも俺の周りで響いていた。
そして遂に、イザナ戦が明日に迫った。
訓練終わりのリズが、額の汗を拭いながら「お疲れ」と水を差しだしてくる。ありがたくそれを貰い、勢いよくそれを飲み干した。
そうして、どちらからともなく俺の屋敷の方を見た。
「……明日だね、試合」
「…ああ」
しっかりと頷いた俺を見て、リズは安心させるように笑った。
「そんなに思いつめたような顔しなくてもいいんだよ。だってこの二週間、グレンは死ぬほど頑張ってきたんだから」
「……」
悪いとは思いつつも、表情は強張ったままだった。
そんな俺を見てか、リズはこちらを向いて――、拳を、突き出してきた。
「…!」
「グータッチ」
そう言われて、慌てて自分も拳を作る。そして、こつんとぶつけ合った。
「グレンならやれる。…明日はグレンのうちでやるから、私は残念ながら見れないけど…」
心底悔しそうな顔を浮かべつつ、それでもリズは、夕焼けに照らされつつ勝気に微笑んだ。
「きっと勝つよ。ね、そうでしょ?」
一見軽そうな言葉もリズらしいと俺は思う。それがいつも通りでおかしくて、ついつい口角が上がってしまう。そしてそれから、みるみるうちに変な自信が湧いてきた。
「……ああ。必ず勝ってくる。そして、…そして、二人ともう一度、話してみるよ」
そう言ってから全員に向き直る。リズとリズの使用人達、それから俺の使用人達の方へ。そして、できるだけ声を張りながら、俺は頭を下げた。
「今まで、本当に本当に助けられた。リズとラピスさんには散々手合わせして貰ったし、そのためにここにいる全員にたくさんサポートをして貰った。……本当に、ありがとう。明日は必ず勝ってくる。…あー、まあ、勝てなかったときは…絶対何かするからな」
「今から弱気になってどうすんの?」
「なってねぇ!」
俺が叫ぶと、リズは「ははっ。その調子その調子♪」と謳うように笑っていた。
ったく……と頭を掻きつつそれとなく使用人達の方を見てみると、全員が柔らかな表情を浮かべていた。
俺の噂が広まってから微妙になっていた雰囲気も、徐々に戻りつつあることに遅まきながら気付いた。少しでも、騎士団長子息、侯爵令息としてじゃなく、「俺」として、彼ら彼女らが信頼してくれたのかもと思うと、じわっと涙腺が緩んだ。
俺と目が合うと、「頑張って!」というようにガッツポーズをしてくれたり、微笑んでくれたり、頷いてくれたりする。ラピスさんは、「できますよ」というように、教官モードの中でも微かに笑んでくれた。
(……ここにいる人全員が、俺をこんなに応援してくれるのか)
プレッシャーがかかる。
けれどそれは、今までのような息苦しさが段違いに少なかった。それどころか、信頼されているんだという喜び――あの幼かった頃の純粋な喜びが、俺の胸の中にあった。
(これは、やるっきゃねぇよな)
いい緊張感にいいプレッシャー。まさにベストコンディション。
今夜早めに寝て翌日の朝にストレッチをすれば、文句なしの状態でイザナに挑むことができる。
「…じゃあ、またな。次会うときは絶対勝ったって報告する」
「うん!楽しみにしてる!」
そうして俺は、イザナ戦への準備を終えた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
雲一つない快晴に、秋から冬へと移り変わる時特有の澄んだ空気。それを目一杯に吸い込むと、思い切り吐き出した。そして、ぺちんと両頬を両手で叩き、気合を入れ直す。
その時、ねっとりとした声がかかった。
「…あぁ、もういらっしゃっていたのですね?おはようございます、グレン坊ちゃん。今日は手合わせよろしくお願い致します」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
渡された木製の剣をブン、ブンと振って体に馴染ませる。イザナも、相変わらず何を考えているのか読めない表情でコンディションを整えているようだった。
「…では、両者揃ったようなので、これより試合を執り行いたいと思います」
審判の声に合わせ、俺は指定のフィールドに立った。
イザナも来るが、俺が構えても一向に構えようとしない。
「……先生?」
「あの……イザナ様、そろそろ構えを……」
俺と審判の声がかかる。
しかしその時、別の方向から声があがった。
「すまない、遅れた」
その声は、俺もよく知る人物の声だった。
そして、この件に深い関わりのある人物のものでもある。そしてそれは勿論――。
「父上⁉」
そう。俺の父上も、この試合を見に来ていたのだ。
イザナの方を見ると、「待っていましたよ」とばかりに柔和な笑みを浮かべる。どうやら父上はイザナに招待されたらしいと気付く。
「独断ですみませんが、折角だから呼んでおいたのですよ。ほら、日頃の成果をこの試合で出すのでしょう?でしたらその方が良いではありませんか」
「……」
審判がアセアセしているが、俺は無言を貫いた。父上の視線が、俺とイザナの方を向いたのを感じる。
「このまま続けてくれ」
「は……、はい!それでは、両者構えたことを確認しましたので、これより試合を行います」
俺とイザナの髪が、風に揺れる。
その場を静寂が支配した。
そして、次の瞬間、審判の声があがる。
「では――試合、開始‼」
その瞬間に、戦いの火蓋が切って落とされた。




