59.私に君を救わせて
「……そんなことが」
リズは瞠目していた。
鼓動が煩く鳴っているのは、きっと、リズにどんな反応をされるかが怖いからだろう。
俺は、鎮めるように、手を胸に押し付けた。
俺達の間を、爽やかな風が通り抜ける。
「……あのさ」
風に背中を押されたように、リズが喋り出した。
「安い言葉で、耳障りだったらごめん。気障かもしれないし、偉そうに聞こえて嫌かもしれない。…グレンは優しいから、遮ることも得意じゃないだろうし。でも、それでも言わせて」
遠くを真っすぐに見ていた瞳が、こちらを見た。
「私に君を、救わせて」
さあ――っと、ひときわ強い風が俺に吹いた。
「グレンはどうか知らないけど、私はとっても納得がいってない。それはもう、社交界のど真ん中で地団太を踏んじゃいそうなくらいいってない。……確かにイザナさんも、何か事情があったのかもしれない。でもそれは、私の友達を傷つける免罪符にはならない。…それに何より、滅茶苦茶悔しい」
「悔しい……?」
言葉尻をとって訊ね返すと、少し居心地が悪そうに言葉を紡いだ。
「…ほんとは最初、私はあまりグレンが好きじゃなかったの。だってアレクの幼馴染だって言うし…」
「…まさかの嫉妬かよ」
少しむっとしたのを冗談にして昇華すると、リズは慌てて弁明した。
「も、もちろん今は違うけど!というか、私があれだけ内心反発してたのに、そんな私を好きにさせたグレンが凄くて、そんなグレンが不当な扱いをされてるのが許せない、っていうか!それに、友達がそんな目に遭ってるのに、私はまだ何も出来てないし…。それも悔しい。一億倍返しにしてやりたい」
「恐ろしすぎだろ、一億倍って…」
「ま、まあとにかく。そんなこんなで、私はあの人にやり返したいの。それで、友達の苦しさを取り除きたい。……だから、グレンがあの人に何かしたいなら、私は絶対に協力する。寧ろ絶対に協力させて。これは決定事項だから」
言い聞かせるように言われたので、「ああ、わかったよ」と頷いておいた。
「絶対だよ?あと、十中八九アレクも同じ気持ちなんだからね。私はアレクの友達でもあるんだから、アレクに心労をかけ過ぎたら許さないよ」
「それは大変だな。リズを怒らせすぎると、一億倍返しにされるらしいから」
悪戯っぽく笑って見せると、リズもつられてかクスッと笑った。
「で、グレン。何かしてやりたいことはない?」
溌剌とした声音に押されるようにして、案外するっと言葉が出てきた。
そしてそれは、言った本人である俺でさえ予想外のものだった。
「俺は、先生に勝ちたい」
「……勝ちたいの?」
ポカンとしているリズに、俺も、自分の中で再確認をするかのように「ああ」と言った。
「勝ちたいらしいな」
「『らしい』とは?……まぁいっか」
リズは勢いよく立ち上がると、くるりと綺麗にターンして、俺の目の前にやってくる。そして何をするかと思えば、俺に手を差し出してきた。
それはまるで、脇役に手を差し伸べる救世主のようでもあり、また、友人を友人が救う友情のシーンのようでもあった。
「グレン」
「ん?何だ?」
手を重ねると、ぐっと引っ張り上げられた。
しかし重ねられた片手はそのままに、少しだけ強く握られた。
「思いっきり、見返してやろう。それで、今度こそ、グレンが笑える最っ高の場所にしよ!」
弾けるような強気な笑顔。
俺は、間違いなく、その笑顔に見惚れていた。




