58.よくあるただの不幸話
誤字の修正完了です(2025/07/29)
『期待に押し潰されそうって聞いたんだけど、それってホント?』
そう尋ねられた俺は、他にも色々と聞きたりなさそうなリズの様子を見て、自分語りを始めることにした。俺の今までを、出来るだけ全て、伝えるために。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
俺は、とても恵まれて生まれてきた。人、環境、そして才能。客観的に見ても、人が羨むものを持っていた。
だからこそ俺は、ひたむきに父上の背中だけを追うことができていた。物心ついた時から剣をふるっていた俺は、父上を、騎士団長としても、父親としても、尊敬し慕っていた。
だから俺は誇らしかった。老若男女問わず、誰もが俺の父を褒めた。
――お父君は素晴らしい方ですね。
――!あ、ありがとうございます…!
――いやはや、グレン様の将来がとても楽しみです。グレン様も目を見張るような実力をお持ちと聞きますしな。もしや、あのお父君さえ超えられる日が来るやもしれません。
――父上を…?
――はい。グレン様はひたむきに努力なされています、きっと成し遂げられますよ。
――…!そうなるよう…父を超えられるよう、努力しますね‼
今よりもっとずっと幼い自分が、思い出される。
その頃の自分は、キラキラと嬉し気に顔をほころばせていた。
いつか自分も、父を超えられる日が来るのだと。そして、これまで自分がやってきたことが評価されたのだから、これからも続けて行けば、もっと自分を評価してもらえるのだと。
…そう、信じていた。
ピキッピキピキッと亀裂が入った後、バリンと音を立ててその幻想は崩れた。
現実は、幻想とは程遠かった。
何歳からだったか、俺のために剣の指南役が付いた。
『イザナ・ラドフォードです。グレン坊ちゃんのお父君の戦友……ということで、大切な坊ちゃんを鍛え上げるように頼まれました。どうぞよろしくお願いします』
よくよく思い出してみれば、あの頃のイザナは、父上の言う友人らしい物腰だった。騎士団と指南役を両立していたはずだ。
翳りのない柔和な笑みと、とても人気な丁寧さで、痣の一つも付けることなく親身になって教えてくれていた。この笑顔が翳るようになったのは、やっぱり、利き腕を失い、騎士団を引退した時からだっただろうか……。
そういえば、その頃に一度だけ、俺は、父上とイザナが大分混乱した様子で話し合っていたのを聞いたことがあった。少しだけ光がもれていた扉を見つけ、どうしたんだろうと不思議に思って近付いて覗いてみたのだ。
そしてその瞬間、盗み見をしている俺叱りつけるかのように、ダンッ!と何かを強く叩きつける音が聞こえた。ビクッと体を震わせてよく見てみると、その音は、イザナが右手の拳を机に叩きつけた音だった。
――…私は…ッ!私はまだ、戦える‼最前線にだって行けるんだ‼なあ、そうだろう⁉
――ダメだと言っているだろう!お前は利き腕を失ったんだぞ⁉危険過ぎる‼
――……嫌だ!私は……私は、私は………っ
荒い息遣いが聞こえてきて、意味もわからず怯えた。そして、コッソリと扉を閉めて、扉に凭れ掛かるように三角座りをした。それでも尚、微かに怒声が聞こえてくる。情けなかったが、耳を両手で塞いで、殻に閉じこもるようにしていたのを覚えている。
――…騎士…引退し……ら…私は、どう生…行けば………
――…ザナ……
――…わた…騎士…引退……なら、最前……で死……い…‼
――な……⁉
――そ…に…!…そ……、他の……も、お前…背中……せたくな……よ…!それ……おま……、私以…の奴……平然……中を預け……のか…?
――…れは……だが‼
――そ…に…それに元はと……ば、私はお前……子を庇……からこうなっ……だ‼ならそ……らい好きに……てくれ……だろ⁉
――ッ‼グレ…は……あの…は関……い‼
――…誰が……言…と、関係…るに決まっ……だろ…ッ
勢いが急に収まったので、俺はそっと両耳から手を離した。その時、『もういい』という吐き捨てるような声が聞こえてきて、俺のいる方とは反対の扉が乱暴に開かれた。
そこから出てきたイザナは、ずんずんと反対方向へと歩いて行ってしまった。……とても寂しそうな背中だったことだけは、鮮明に覚えている。
それから間もなくして、イザナの生活は俺の指南役が中心になっていったと思う。
そして、これが、よくある不幸の始まりだった。
『ウグッ』
初めて傷を負わされた。
その時見たイザナの瞳は、俺を突き放すような剣呑さに満ちていて、傷の痛みとイザナの視線が、俺に恐怖心を植え付けた。
それからも色々あった。
「一緒にもっとよくしていきましょう」といいながら改善点を示してくれていた優しい微笑みは消えて、いつの間にか、ダメ出しばかりになっていた。
「これはこうやるのです」と一緒になって剣を握り、丁寧に技を教えてくれたぬくもりは消えて、いつしか、見て覚えなさいといたぶられるようになっていた。
「大丈夫。私が貴方を、団長を超える騎士へ導きます」という頼もしい声音は消えて、気付いたら、期待されているのだという強烈なプレッシャーを与えられるようになっていた。
そうしてそこから俺は、徐々に自信をなくしていった。
何をやってもできないし、いつもプレッシャーに押し潰されそうで、物理的にも、日に日に怪我は増えていった。
それに何より、純粋な尊敬だけを抱いていた父上に対して、『父上が父上じゃなければこんなに比べられることはなかったのに』という黒い気持ちを抱いた。
そんな感情があると知った時は、ショックでショックで、一人だけの自室で泣き腫らした。その時の自分は、格好悪く顔をぐしゃぐしゃにしながら言っていた。泣き顔を枕に擦り付けて、ぐしゃっと縋るようにカバーをひっかく。
『いつから純粋に剣だけを追えなくなったんだ?』
『いつから俺は、父上にこんな感情を……』
『なんで…どうして……』
『もう俺は――あの頃に、戻れない、のか――?』
ある日から、ボコボコにされ続けたことで、まともに気力が湧かなくなってきて、どうにかしなきゃと思う反面、あまりの怠さに動くことができなくなった。動きも悪くなり、騎士を目指す気持ちが弱っていることに、何よりも腹立たしさを感じた。
それは結局今も続いている。
リズと共闘したあの時でさえも、俺は悪夢に囚われていた。




