54.イザナ・ラドフォード
「「せーの!」」
ドン!と同時にブツを出した。
グレンはフェンリル(ランクS)、そして私は――ヘルハウンド(ランクS)。
「よっしゃあああ‼」
「ぐああ~…っ!負けた……っ‼」
説明しよう!
実は、同じランクでも、その中の序列というものがある。
意外かもしれないが、あの森のフェンリルは(ランクS+1)、そしてヘルハウンドは(ランクS+2)だ。
ちなみにアシッド・サーペントは(ランクS+4)。あの森にはランクS+1~3くらいの魔物しかいないはずなので、本来ならあり得ない強さの魔物が出没したことになる。
「…でもまあ、流石に今回はドローだね。一緒にアレを狩ったんだから。また今度、仕切り直して勝負しよ」
「いいのか?今度は俺が勝っちまうかもしれねぇのに、勝ち逃げしておかなくて」
「私が勝つし大丈夫」
ふふんっと胸を張りながら言うと、グレンは「ああそうかよ」と言って笑っていた。
「じゃあ、これしまって戻ろっか」
「おー、だな」
会場を抜け出し、茂みの中でコッソリとやり取りをしていた私達は、そう言ってアイテム・ボックスに獲物をしまおうとした。その時、薄闇の中から、ぼんやりと人が近付いてきた。魔法のライトで自身もぼんやりと照らされていたその人物は、こちらを認めると、糸目を更に細くした。妙な覇気に押されてか、カラスのような鳥が一斉に飛び立ち、彼の周囲を彩った。
…茶髪に、整った顔立ち。二十代後半に見えるその男性は、「これはこれは…。こんなところでどうされたのですか?グレン坊ちゃん」…と、一見すると穏やかな調子でそう言った。
「…あなたは……」
「……ああ、もしや、魔物を見せ合っていたのですか?これは失礼。ですが、流石は坊ちゃん、自己研鑽を怠らないその姿勢、このイザナは感服致しました」
ねっとりとした纏わりつくような声といい、長々とした芝居がかった納得の仕方といい、耳障りなような、鬱陶しいような態度をとるイザナ。もしかしなくても、グレンに敵意を持っているであろう人物であることは理解できた。
そのため、私は一歩前に出た。
「初めまして。イザナ・ラドフォードさん」
「お初にお目にかかります、レイナー公爵令嬢。まさか、あなたのような方に名前を覚えていて頂けているとは思いませんでした」
「まさか。イザナ・ラドフォードさんと言えば、現騎士団長の右腕とも呼ばれ、副団長を拝命したこともある有名人ではありませんか」
そう。このイザナ・ラドフォードは、元騎士だ。
騎士団長、つまりグレンの父を支えたこともある元副団長であり、更には親友であるという人物で、何かの事件を機に騎士を退いたらしいとだけ聞いていた。
「…現在は、何をされているのですか?」
探るような視線を浴びせると、イザナは、壊れた人形のように目を細めながら首を傾げた。
どう考えてもマッチしていない行動に、薄ら寒くなってくる。
「グレン坊ちゃんの剣の指導役を、やらせて頂いています」
「……」
そして、イザナとグレンの目がふとした拍子に合ったように見えた途端、グレンの動きが一瞬硬直したかと思うと、グレンの方からすぐに目を逸らしてしまった。首筋にぶわっと出てきた汗が、ライトに照らされて一部光った。
「……いや、それにしても……」
イザナが、覗き込むように、私達の背後にある魔物達を見比べる。
「…フェンリルとヘルハウンドですか。やはり素晴らしい…。この様子ですと……レイナー公爵令嬢が勝利なさったのですね?素晴らしいご友人を持たれたようで何よりです、坊ちゃん」
「あっ……あぁ…」
歯切れの悪い返事をしたグレンの顔は真っ青だ。今にも倒れてしまいそうなほど。それに、私を酸の霧から庇うくらい勇敢なグレンが、今は小刻みに震えていた。明らかに、このイザナという人に怯えている。
しかも、迷いなくグレンに話題を振るイザナの態度。グレンをナメているというのが、仕草、表情、そして言葉から、如実に伝わってくる。
(グレンが秘密にしようって言っていたのはコレが理由?そもそも一体、この二人に何が……)
噂に聞くイザナは、高潔で紳士な騎士だった。誰にでも親切で優しく、気配りもできる、柔和な糸目の騎士である。
無骨で表情がわかりにくい騎士団長の補佐役として適任だ、と、よく騎士の酒の肴に持ち出されるほどの人物で、以前王国騎士団に勤めていた我が家の騎士も、何かの弾みによく彼のことを嬉々として語っていた。
しかし悪いが、今のイザナはそんな風には見えなかった。
柔和な笑顔の裏で毒を吐き、グレンを怯えさせるほどの何かをした人物。
しかも、どこか危うい。何とは言えないが、笑顔で首を吊ってしまいそうだとか、ある日トンと誰かを突き落としてしまいそうだとか、そんな、ありふれた狂気を感じた。
イザナを用心深く観察する私に、彼は柔和な笑みを浮かべた。しかし目はどこまでも虚ろで、目を合わせていると、空洞を見つめているかのような、それでいて自然に拒絶されているような錯覚に陥る。
それから、一拍か二拍置いたあとに、イザナはグレンを捉えて言った。
「……では、お二人のご歓談の邪魔者はここで退散することと致しましょう。坊ちゃんは、また後程」
「………ああ。また」
結局あれから一度も視線を交わすことなく、二人はわかれた。
その翌日、異常なほどの速さで、貴族を中心に「あの話題の令嬢に騎士団長子息が負けたそうだ」という噂が広まった。




