52.苦手過ぎる治癒魔法で
……じわじわと、ほろほろと、解けるように崩れていく。
私は、こんな風に、人が溶けていくのを間近で見たことはなかった。一瞬ザクッとやられるのならまだしも、じわじわと、それも、永遠に感じられるほどの時間、苦痛を与えられるところなんて。…そして、グレン様の皮がめくれ、肉と骨まで見えてきたとき、やっと私は我に返った。
(…ショックで呆然としている場合じゃ、ないんだった)
今も私を庇い続けているグレン様。少しは自分の体を庇うような態勢でいれば、少しは辛さを軽減できるのにもかかわらず、なぜか彼は私を守り続けている。
(……この人は、あの子に似てるな)
前世の親友、翼。あの子は、私から見れば、理解不能なほどのお人好しだった。そしてそれは、グレン様も同じだ。
「……ねぇ、グレン」
「…ッ…な、んだ?」
潰れた声でそう応えるグレンの腕の中から、ひょいっと私は抜け出した。すっかり力が抜け、真面に私を捕らえておくこともできなくなるという衰弱具合を見て、瞬時にグレンに手を翳す。今まで酸に触れていなかった場所――私の肌や皮膚、装備もだ――が、じゅわっと溶けた。
「‼おい、何して」
「グレン。私、どうやら、お人好しに弱いみたい」
「……は?」
きょとんと間抜けな顔になったグレンを見て、くすっと笑う。
そして、緊張を全て押し出すように、ふぅ……と息を吐ききった。
(恐らく、中級回復魔法じゃ足りない。…上級回復魔法と霧を晴らす風魔法を、どちらも同時に使う必要がある)
苦手過ぎる回復魔法。何回練習しても、今まで遂に極まることのなかった唯一の魔法分野。ラピス教官に付いて貰っていた時でも、上級回復魔法の成功率は十回に一回ほどだった。……だが今回は、タイムロスしてる余裕はない。
(――絶対に、成功させる)
すっと冴え渡った頭で、イメージを強化する。
また、このお人好しの笑顔を見るために。
「《奇跡の癒し》〈〈旋風〉〉‼‼‼」
白色の魔法陣と緑色の魔法陣が発光する。
酸の霧は、突風に巻き上げられていった。
(あとは、こっちが成功するかどうか……!)
しかし私の願いに反し、…傷はなかなか治らない。塞がらない。
自分の不甲斐なさを見ていられなくなって、思わずぎゅっと目を瞑った。
「……グレン、ごめん…っ」
「ん?俺、何かリズに謝られることでもあったか?」
「…え?」
完全に看取るムードになっていたため、思わず気の抜けた声をあげてしまう。ぱっと開いた目には、霧が晴れて明るくなった眩しい外と、すっかり傷がなくなったグレンの姿が鮮やかに映った。
「……もしかして、成功したの……?」
「みたいだな。…本当に助かった。ありがとう、リズ」
ぽんぽん、と労わるように頭を撫でられる。グレンらしいやり方に、思わず顔がふやける。そして、顔のふやけと、ほんの少しの照れを誤魔化すため、「うん。これで貸し借りは無しね?」と言っておいた。「余念がないな⁉」と言うグレンにニッコリと微笑むのも忘れない。
そうして、私達の間に安堵の空気が流れる。
しかし、やはりそれは束の間の休息に過ぎなかったようだ。
待ちかねたように、再び奴が咆哮をあげた。
「じゃ、今度こそ決着、付けてやろうぜ」
「うん、勿論。……でも、その前に」
グレンにつられるようにして立ち上がる。
そして、くるりと振り向いた戦友に、私は、ほんのり表情を柔らかくして言った。
「…ありがとう。ここにいるのがグレンで、本当によかったよ」
グレンはまん丸に目を見開いて、それから柔らかく微笑んだ。
緋色の瞳が、光を受けて、より一層輝いて見えた。




