51.激化
「〈〈氷結の槍〉〉〈〈炎の弓弾〉〉〈〈葉の斬撃〉〉」
一気に三つの魔法を唱えたリズは、タイミングをずらしてそれらを放つ。
相殺したり、注意をひいたりしながら、赤と緑と青の閃光は、激しく光り弾けていく。
その合間にリズは高速詠唱する。
「…【バフ付与】〈〈身体強化〉〉〈〈隠密〉〉」
「！」
その途端、グレンの身体能力が上がり、気配も薄くなった。グレンははっと目を見開いて、キラキラとした眼差しを彼女に送る。それから、ニヤリとして刃を抜いた。
そしてその瞬間、グレンが消える。
――ザシュッ！
「‼」
リズは驚きつつも悔しそうな顔でその光景を見守る。
グレンの剣が、アシッド・サーペントの硬い尾の先を斬った、その光景を。
奴が痛みに暴れだし、闇雲に尾を振り回す。あまりの速度に対応しきれなかったグレンを、すっとリズが抱きかかえて助け出す。
そして、視線だけ交わすと、またリズは円を描くように走り出し、グレンは奴を挑発するように真正面で剣を構える。
「グギャアッ‼グアアアアア‼」
「今度は俺が相手でいいか？」
振り落ろされた尾を、身を捻り避ける。そしてその尾にひょいと飛び乗って、姿勢を低くし、アシッド・サーペントの体を登る。
「リズ‼」
「〈〈跳躍〉〉‼」
奴がぐるんっと激しく動いたタイミングでグレンが高く跳躍する。そして、勢いの反動で態勢が崩れた奴の頭頂部に、なんとかグレンはへばりつく。
「コイツの急所は⁉」
「核と眼球‼」
「了解‼」
すぐさまグレンは眼球に剣を突き立てる。奴の右目は潰れ、ウギャアアアと苦し気に鳴いた。やっと振り落とされたグレンは、ごろごろと転がり受け身をとる。
しかし完全にグレンに振り回され激怒中の奴は、大きく頭を一度天に向け、そして、その勢いのまま酸のレーザーを放つ。が、背後にはリズが回り込んでいた。
「《反射》《永久凍結》」
涼しい顔で、複雑に、されど芸術品のように美しく編み込まれた上級魔法陣が展開される。反射はグレンに向けられたアシッド・レーザーを跳ね返し前方から、そして永久凍結は後方から襲い掛かる。
見事に挟撃に遭ったアシッド・サーペントは、自らの強力な酸と、そして、爬虫類の弱点である寒さを食らい、ぐらりとよろめく。
「今だ‼」
「はい‼」
まだ尚抵抗するアシッド・サーペントを、二人の完璧な連携で追い詰める。
どちらかがヘイトを集め、どちらかがその間に強力な技を叩きこむ。それを繰り返していくと、ピカピカだった禍々しい色の鱗に、剣やナイフの切り傷と、魔法の痕が刻まれてきた。歴戦の猛者の如き様相だ。
「仕上げますよ‼――《《劇薬生成》》‼‼‼」
（それって特級魔法だよな⁉というかさっきからもバンバン上級使ってなかったか⁉）とグレンが考えていると、「グレン様‼」という叱咤の声が届いた。
「あ、悪い‼」
すぐさま思考を切り替える。
（トドメを譲ってくれたんだ、バッチリ決めないとな）と、グレンはぐっと、剣を握る手に力を込め直す。そして、至近距離に逼迫した瞬間――、大きく開いた口を見て、すぐに体を後退させた。
そしてそれはどうやら当たりだったらしい。
次の瞬間には、アシッド・サーペントが、酸の霧を吐き出していた。
「ッ…！っぶねー……」
「⁉ぐれ…」
アシッド・サーペントの酸の霧は有名だ。一瞬で内臓や皮膚を溶かすとされるほど強力で、討伐時には一番の注意事項とされている。予備動作は、直前に大きく口を開けることのみ。回避も当然難しい。
そんな大技を避けられたこと、そして、リズを庇えたことに、グレンは酷く安堵していた。
「とりあえずしばらく黙っててくれ。いいな？」
「……っ」
何を隠そうグレンは、リズを咄嗟に酸の霧から守っていたのだ。
口と鼻を塞ぎつつ、全身を覆うように抱きながら。
