50.vsアシッド・サーペント
とん、と軽く着地したグレン様が、私を優しく地面に下ろしてくれる。先ほどのセリフといい、このジェントルさといい、彼の性格が恐ろしく出ている…。
「その人は……捕まってたんだな?」
「はい。そうみたいです。ここにいても何にもなりませんし……避難している人にでも預けて来ますね」
ちらりと視線をやると、我先にと一目散に避難する人々の姿が見えた。
アシッド・サーペント、しかもとても巨大で、種の中でも強い部類だと思われるコイツ。その相手なんて、やりたがるのは酔狂な奴ぐらいだろう。
ちょっと待ってて、という意味でニコッと微笑むと、俊敏さを生かしてどこぞの貴族を捕まえる。がしっと腕を掴まれた彼は、「え」とでも言いたげな顔で固まっていた。
「……この人も、避難させてくれません?」
「なっ……わ、わたしにそんな余裕は無いのだ!見たか⁉あのアシッド・サーペントを‼」
「はい、勿論。あれが見えていない人は、相当視力が悪いのではないかと」
「なら君も早く逃げろ!そんな負傷者置いて……」
…確かに、逃げるという選択肢もある。
しかし、相手はアシッド・サーペント。サーペント種は、移動が凄まじく速いことで有名だ。飛ぶように本陣まで来てしまい、大惨事に繋がる予感しかしない。
「…では、取引です。私、エリザベス・レイナーが直々に食い止めます。ほら、そうと決まればこの人を早く連れて行って下さい」
「え?ええええエリザべ…、わ、わかった!わかったからそんな冷たい目で見るな!こいつを連れて行けばいいんだろ、連れて行けば‼」
「あ!報告も忘れずにお願いしますねー‼」
半泣き状態で走り去っていった貴族を見送る。全く、そんなに逃げ足が速いのであれば、最初からその速度で走って、私から逃げれば良かったものを…。
とはいえ助かった。
私は素早くグレン様の元に戻る。どうやら私がいない間、アシッド・サーペントのヘイトを買いつつ逃げ回り、時間を稼いでいてくれたようだ。
「グレン様!」
「!リズ‼」
「無事あの人は避難させられましたし、きっと今頃報告もいっています!」
叫ぶように伝えると「ありがとな!」とにかっと笑って応えられる。相変わらずの眩しい笑顔だ。しかし、それにかまけている暇は、残念ながらない。
「やはり食い止めますか⁉」
「コイツの移動速度的に、それしかねぇだろ‼」
改めて、アシッド・サーペントを観察する。
黒と紫が入り混じった、毒々しい見た目だ。たまに黄色も入っていて、目はぎらりと赤色に光っている。森の木々を優に超える巨体は、遠目から見てもわかる大きさだ。だらりと垂れる唾液が地面に落ちると、酸がじゅっと地面を溶かした。
だが幸いにも、こちらには私とグレン様がいる。
そう考えると、なぜだか唇が弧を描いてしまうのだ。
「では――、行きます‼」
バッと走り出した私を、アシッド・サーペントはぎらついた目で捉えた。…狙い通りだ。私の役割は敵の攪乱。
(…背中、預けますよ、グレン様)
それを理解したのか、バチッと目が合ったグレン様は、任せろとでも言うように頼もしく頷いた。




