49.勝負開始のゴングが鳴った
試合開始のゴングが鳴り響いた途端、私は右に、そしてグレン様は左に駆け出した。
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(ミラの森とも、他の森とも違う、独特な雰囲気……。それに何より…)
「…魔物が、段違いに…っ、多いっ‼」
ナイフで、ジャイアント・イーグル(ランクB)の片翼を落とし、仕上げに首を搔っ切る。すると、ジャイアント・イーグルは墜落し、私のアイテム・ボックスにすっぽりと収まった。
「…うーん、奥はこっちで合ってるよね?」
キョロキョロと周りを見回す。
この森、アビラドル大森林は、奥へ行けば行くだけ強い魔物と遭遇できるようになっている。この森が狩猟大会の会場なのも、それが理由の一つだったりする。
私が目指すのは、AからSランク相当の魔物が出没するエリアだ。だから、もう少しだけ奥に行く必要がある。
特に声も発さず、淡々と襲ってくる魔物を返り討ちにしていく。
キラー・ラビット(ランクC)やワイバーン(ランクB)、ファイア・ボア(ランクB)など、突進してきた奴は、歩調を何ら変えることなく、腕の動きだけで仕留めていった。
「…ここらへんから、ランクAの魔物が出るって聞いたんだけど…」
目印となる特徴的な大岩を見つけて唸る。
しかしすぐに、お目当ての魔物は見つかった。
…ユニコーン(ランクA)だ。
にやりと口角を上げると、突進攻撃を後ろに飛びのき軽々躱す。
ユニコーンは再び浮かび上がった。
そして、腹が立ったのか、雷の矢を撃ってきた。
全方向から、私を囲むように。そして、ご丁寧に追跡機能までつけて。
…だが、私は暗殺者系。
「悪いけど、ピンポイントに標的を仕留めるのには長けてるの」
全ての雷の矢をすれすれで避け続ける。
そして、道筋が見えた瞬間、超高速で距離を詰めて、背後に回り、立ち止まる。
それからナイフを投擲した。
「ぎゅあああぁぁあああっ‼」
頭、首、そして心臓。
急所を確実に射抜いたナイフは、ユニコーンのパニックを引き起こす。
それでも尚暴れまくるユニコーンに、格好よくパチンと指を鳴らした。
その途端、ナイフの仕掛けが発動し、ユニコーンの身体を強烈な電撃が襲った。
「いぎゅあああああああぁぁ…あ…あ………」
すっかり大人しくなったユニコーンを、アイテム・ボックスでキャッチする。
そうしてから、「…よし。もっと奥を目指さなきゃ」と呟いて、私は再び歩き出した。
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「…ここら辺がランクA…。だとするともう少し行けばSに入るな」
グリフォン(ランクA)の胸を貫くと、剣を引き抜きアイテム・ボックスに素早く入れる。
しかし、程なくしてフェンリル(ランクS)が出てきた。フェンリルは、御伽噺の中の存在のような幻の魔物。だが、どんな魔物も発生しやすいこのアビラドル大森林では、そんなことお構いなしにスポーンする。
フェンリルはフェンリルでも、本当ならランクS以上の大物。だが、アビラドル大森林の個体は、同じ種族の中でも弱くなる傾向があるらしい。だからか、ここのフェンリルはランクSの扱いをされている。
「まあといっても、お前が強いのには変わりなさそうだけどな」
今の俺だと、少しギリギリの戦いになりそうだ。
しかし、このフェンリルを倒せれば、勝負に勝てる確率もぐっと上がる。
「…じゃあ、行くぜ」
いつものように少しだけ躊躇ってから、風を切るように走り出す。
そして、すぐに懐に潜り込み、腹の辺りを掻っ捌く。
グオオオオン‼‼とフェンリルが叫び、暴れようとするが、全ての足の腱を切る。
再生するより早く、いくらか皮が柔らかい首に剣を突き刺した。
俺のスタイルは先手必勝。れっきとした剣士で、魔法がサッパリだからこそ、素早く迅速に、剣で相手の攻撃を砕いたあと、その勢いのまま技で押し続ける戦法を取っている。
そして今も。
再び暴れ出し、魔法を乱発しようとして複数の魔法陣が展開される。
しかしそれより早く、フィジカルの強さを生かして頭頂部に上り詰める。そして両目を容赦なく潰す。その後は、致命傷になりうる首と頭を、高速で深く切り刻んだ。
……やがてフェンリルが大人しくなると、急に力が抜けたように、その巨体が地面に倒れた。フェンリルを蹴った反動で飛びのき、無事に着地をした俺は、静かに騎士の礼をとった後、アイテム・ボックスに収納した。
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狩猟大会が後半に差し掛かり、大分日も落ちてきた頃。
「…そろそろ帰ろうかな」
私は、少し冷たくなった指を息で温めた。
私が今いる地点は、ほぼ最奥。引き返すのにもそれなりの時間がかかるし、このくらいの時間に引き返すのが妥当だ。
(グレン様、どのくらい狩ったのかな?楽しみだな~)
まだ軽いが、疲労のせいで朝よりかは重くなっている足取りで、目的地まで駆けて行く。
その時だった。
――ドーンッ‼‼‼
「な……、何⁉」
カラスのような黒い鳥が、その衝撃に驚いて大群になって飛び去って行く。
嫌でも、あそこに何かがいる、と感じさせた。
その瞬間、勝負相手の顔が脳裏に浮かぶ。
普通なら逃げてもいい事態なのに、私の足は、自然とそこへ向かっていた。
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息を弾ませながら向かった先には、巨大な蛇と、それに捕まり藻掻いている人間がいた。巨大な蛇――”アシッド・サーペント”は、自らの尾でぎりぎりとその人間を縛り、鋭い牙と、蛇特有の舌をちろりと覗かせながら、大きな口を開けている。
まさに、食べられる寸前…。
「…しょうがないかッ」
そう独り言ちて、走り出す。
「…〈〈身体強化〉〉、〈〈隠密〉〉」
速度が上がる。気配もすっと消えたのがわかる。
そしてその勢いを一瞬も殺すことなく、ビュンビュンと風を切って迫り…、雷を纏わせたナイフで切り裂いた。ザシュッといい音がすると、アシッド・サーペントは人を離した。
が、負わせた傷も浅く、尾だというのに切断できていない。
しまったと思った時には、私の目の前に尾が迫って来ていた。
(叩きつけられる‼)
わずかに目を開いたまま迫ってくるのを眺めていた。意識せずとも息が止まる。
……しかし次の瞬間には、半分ほどまで肉を切り裂かれた尾があった。
私は思わず、少しだけ目を見開いた。その顔を見た途端、安心に似たような気持ちが湧いた。
「…ははっ。二人してコイツのヒーローになっちまったな」
…そうして、明るく笑うグレン様と、何時間かぶりの邂逅を果たした。




