【特別話】IF・もしこの世界に七夕があったら
今日は7月20日だろって?いえ、今だけは7月7日です。
※本編には影響しません
今日は七月七日。七夕だ。
この世界、少なくとも、私がいるこの国では、七夕は神聖な行事だとして、国民総出で行われる。子供、大人関係なく、この日だけは”浴衣”を身に纏うのだとか。そして、二十歳以上の大人は、ある程度のお菓子を蓄えて子供達を待ち、二十歳未満の子供達は家を回ってお菓子を貰うらしい。
私の故郷、日本でも同じ文化はあったが、ここまでの規模ではなかったため圧倒されてしまう。
……そして、貴族である私も例にもれず、今現在着付けをされていた。
(…なんか…最近西洋の服ばっかり着てたからか、ちょっと気恥ずかしいような…)
そわそわとしながら出来上がりを待っていると、アンナから「出来ましたよ」と声がかかる。そして、鏡の中の自分を見た。…そこには、美しい水色の浴衣を纏い、可愛らしいお団子ヘアーにされた私が映っていた。
実は、そわそわしていたといえど、このエリザベスちゃんの顔なら、どんなものでも似合うだろうと高を括っていた。……けれど、今この瞬間に、そんな自信は砕け散った。
「…この顔面が…衣装に負けてる⁉」
侍女三人がセットしてくれた髪型と浴衣が素敵過ぎて、顔面が付いて行っていないように見える。その瞬間、脳裏に過ったのは、部屋の前で待っていてくれている、ライラとレオとアレクの顔だ。
「……」
すーっと血の気が引いていく。
(何より…金髪碧眼って、慎ましやかでお淑やかなイメージの浴衣に合わないんじゃ…?他人から見たら私、もっと酷く映るかな……?)
「負けてませんよ⁉」「私達が合わせたのだから自信を持って下さい‼」「ほら、しゃんとして下さいリズ様‼」「そうですそうです!清楚で可憐でスーパービューティフルです!世界一の美女なんですから‼」と言う侍女三人の声に促され、顔色を悪くしながらドアへ向かう。
そして、覚悟を決めてからドアを開いた。……少しだけ。
「「「リズ様」」」
「スミマセン……」
注目が集まっていることを感じ、顔に熱が集まってくる。
しかし、これ以上待たせるわけにはいかないし、何より、注目を集めて期待値を上げ過ぎるのもよくない。かといって、出て行きたかったわけでもない私は、つい侍女三人の方を振り向きそうになっていた。
「……あ、えっとー…。お、お待たせ………」
本当に待たせてゴメンナサイという気持ちだった。気まずすぎて、目も向けられない。
(せめて何か言って……っ!もうなんなら揶揄って‼)
あー最悪だーと思いながらいると、「……可愛い」という呟きが聞こえた。驚いて声の主を見る。
そこには、頬を紅潮させているレオがいた。
「…へ⁉」
「今日姉様といられるなんて嬉しいな。じゃあ姉様、この二人は置いて、ボクと二人で行こ?」
オーディエンスが「きゃああああああ‼」と叫んでいる。が、その声も耳に入らないほど、私はパニックになっていた。
レオは、私の右腕をとって上目遣いをしてくる。上気した頬と相まって、よからぬ錯覚を起こしてしまいそうだった。
「って、いやいやいや!ふ、二人は置いてっちゃダメだから‼」
「…そうだよ。流石に僕らを置いていくなんてこと、いくら義弟バカでもしないでしょ。それと、君はいい加減離れて…っ」
「弟なのに?」
「明らかにダメな年齢になってきてるし、そもそも弟の距離感じゃないでしょ……っ!」
アレクがレオと私の間に割って入って、やっとの思いで引き離す。
「そ……っ、そうよ‼いくらリズ様が可愛らしいからって、密着のし過ぎはよくないわ‼」
「そういう君こそ離れてくれる⁉」
「あっ!ホントだ、何目を盗んで引っ付いてるの!」
今度は左腕に抱き着いていたライラが標的にされたようで、レオと同じく引き剝がされた。でも、ライラを引き剥がす方法がいくらか優しかったのは流石紳士な二人だった。
「…ふぅ。それで…まあ、出遅れた感はあるけど、君が思ってるよりも百倍似合ってる」
「は……」
『ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーッ‼‼‼』
無駄にしっとりとした言い方に、また頭がバカになってオーバーヒートしてくる。しかも、少し目を逸らされながらだと…余計照れが移ってしまう。本当に、今日はどうなっているのか…。あと、使用人達は叫び過ぎだ。いくら輝かしいショタイケメンのキラキラオーラにあてられたからって…。
(ご、ごほん。とりあえず落ち着こう。えーと、事前情報では、貴族の子供は、街をあまり回れないから、代わりに短冊を飾るんだったよね?)
だから、今から私達は、その短冊を、王家が主催する七夕パーティへ行って飾るのだ。
「…じゃあ、そろそろ行こうか」
もうこれ以上ここに長居はできない……という直感の元、私はそう声をかけた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
用意された短冊、飾る用の木、そして羽ペン。
どん臭いというか、面倒くさい行事を嫌う貴族も、この日ばかりは頬を緩めて参加している。
私は、用意された短冊の中から水色の綺麗な紙をとって願いを書き、そして素早く木に飾る。
完全匿名かつ、他人の願いとその他人を結びつけるのは野暮だという日本よりも厳格な文化から、友人同士でも明かすことはあまりない。たまに子供が遊び心でヒントを出し合うらしいが、それはそれだ。
そんなことを考えていると、右腕にレオが、左腕にライラが引っ付いてくる。アレクはその様子を見て、「君はもういいでしょ」とレオを引き離し、代わりにエスコートするように私の手を取った。
「君も書けた?」
「ばっちり」
「え~!姉様の書いた願い、気になるな~」
「ヒントだけでもくれないの?」
(…君達、嬉々としてルールを破っていく方向なのかね)
げっそりとした様子で二人を見ると、すっと目を逸らされた。
「…まあ…そうだね、ヒントは…。……私の大切な人達に関すること、かな?」
「え!つまりボクについてのお願いってこと?」
「あなた、図々しいわね⁉…でも、リズ様のことだから、わたくしやエヴァンス様も入ってると思うわよ?」
「まあ間違いなくそうだろうね。癪だけど」
「ま、まあまあ……」
そうして七夕は終わった。
ちなみに、お忍びで街へ降りて「竹~に短冊七夕祭り♪」と歌う余裕も、花火をする余裕もなかった。こういう時こそ私が問題を起こすだろうと踏んだお母様によって、ずっと監視されていたからである。お菓子付きで。
……ただ。
『……可愛い』
『そ……っ、そうよ‼いくらリズ様が可愛らしいからって、密着のし過ぎはよくないわ‼』
『…ふぅ。それで…まあ、出遅れた感はあるけど、…君が思ってるよりも百倍、似合ってる』
「…ふふっ」
いまだに思い出すと顔が赤くなる言葉たちを思い出し、全員の願いが叶いますようにと願って、満点の星空を見上げたのだった。
ぜひ、四人が何を願ったのか、そしてこの話でフォーカスされていない登場人物の願い事なども妄想してみてください!




