【閑話4】小悪魔公爵令息陥落の裏側(レオナード視点)
長らく?お待たせ致しました。
予定していたレオナード視点のお話になります!
また、章末の閑話扱いですのでタイミングについては悪しからず。
「…私は、レイナー公爵令嬢のエリザベス・レイナー。よろしくね!」
にっこりと微笑んだ金髪碧眼の少女は、ボクの目から見ても可憐だった。
なのに、フレンドリーで、少し変わっていた。全然貴族の令嬢らしくなく、今まで会ったことのない人種だった。いきなり「お屋敷冒険隊」とか言い出したときは、かなり耳を疑ったものだ。
屋敷の案内が終わって、ボクが計画していたように、「屋敷内が怖い」と言って同情を買う作戦は、まあまあ上手くいったけれど…。元々なぜかボクを異常なほど溺愛している義姉には、意味がなかったのではないかとも思った。
それからも義姉の奇行は続いた。
ボクが「屋敷内が怖い」と言ったから、ただそれだけの理由で、家庭内の空気を改善してみせた。使用人相手にぺこぺこしまくったり、家長とその妻にもハラハラするようなやり方をとっていて。こちらの内心の焦りなど知らずに、神経が図太いのか飄々としてやってのけていた。
他にも、「レオ君を守るため‼」なんて堂々と公言して魔法や体を鍛え始めるわ、何度も何度も楽しそうに庶民の街におりるわ、たまにそれにボクを巻き添えにするわで。オーク討伐の最中に気絶したとかで、そのまま運ばれてきたこともあった。
本当に、扱いやすいのに、そういうところは扱いづらい、厄介な義姉だと思っていた。
けれど、扱いやすいのが一番だ。精々その力でボクを守ってくれればいい。純粋に、義姉のことを利用しようと考えていた。あの事件が、起こるまでは。
あの事件とは、勿論、リュカ・レイナーが襲撃され、そしてボクが誘拐された事件のことだ。
ボクが目を覚まして、”教会”に居て。全く知らない場所、異様な集団、そして狂信者染みた振る舞い。
どれをとっても動揺していた時に頼ったのが義姉というのは、後から思い返してみても、やはり少しだけ悔しい。最強のボディガード的存在には捉えていたから、それ自体は全くおかしくなかったのだけど、それでも釈然としないものがあった。
……まるで、本当にボクがアイツに絆されてしまったみたいに思えたから。
一方的に目の敵にしていた相手だし、利用してやるという理由で近付いただけなのに、そんなボクが御されるのが不愉快だった。
でも、心は意外に正直だった。
ボクが”聖印”だかなんだかを付けられそうになったとき、義姉は…姉様は、必死な形相で入ってきた。言ってはなんだが、いつも人を食ったような態度、というか、飄々としているひとだから、結構意外で驚いた。
しかも、超絶スパルタな訓練を約三年間もこなし続けている姉様は、滅多に汗をかかないのに、その時は薄っすらとだが汗をかいていて。どれだけ飛ばしてきたのだろう、なんて思わず呆けてしまった。
それからも、せっかく助けられたのに、いつもはしないようなミスでまた敵の手に堕ちて、それなのに、姉様は一つもボクを恨むことはなかった。不満の一つや二つぐらい、いつもの飄々とした調子で、冗談にして言ってしまえばいいのに。
こみあげてくるものに、気付かないふりをした。きっと、姉様は戦闘に夢中で気付いていなかっただろう。それでよかったけれど、いつも何でも気付いて「どうしたの⁉」と呆れるくらい過保護に駆け寄ってくる姿がないのは、それはそれで寂しいと思った。
寂しさを自覚した時点で、半分負けていたのかもしれない。
それからは、なんだか、姉様に負けたような気分しか味わわなかった。
姉様は、三年前よりずっと綺麗になっていた。戦闘の優雅さで気付いたそれは、思ったよりボクを刺激した。魔法を唱えて敵を圧倒する姿は勿論きりっとしていて格好良かったけれど、押されているときですら「助けてあげたい」なんて思わされた。その結果が、きっとあの光の膜なのだろう。
……今もふと、眩しい朝焼けに照らされた姉様の姿が瞼の裏に浮かぶ。
呆然としているボクは、「レオ」と優しく呼ぶ声に救われた。ずっと緊張状態にあったのに、姉様の声を聴いた瞬間、それがすっと解けていった。
それからも、優しくて、どこか落ち着く声に、「癒されるな」と素直に認めてしまっていた。本当に、うちの両親といい、使用人といい、そしてボクといい、姉様に誑し込まれすぎなのである。あ、あと、たまに話題に出てくるライラとかいう令嬢と、アレクとかいう令息も。
あと…、『私に嫌われるのは、怖い?』と聞かれた時の、姉様の顔。本当に不思議そうで、純粋に何かを聞きたい、知りたいと思ったときのそれだったのだろうが、正直言うと、すごく答えたくなかった。
でもここで嘘を吐くのは違う気がして、「こわい」と答えたら、「私は、レオに色々隠されていたって知っても、嫌いにならない人なんだよ」と言われて……。そこから、ボクは姉様という沼に、ずぶずぶ沈んでいったような気がする。
…きっと、欲しかった言葉をくれたから。
でも、アレだけは不満だった。
『どうして姉様はボクにそんなにしてくれるの?』と聞いた時の回答だ。
「”弟”に執着している」と明かされたときは、かなりカチンときた。シリアスな雰囲気が漂っていなければ、頬を膨らませて一週間ぐらい拗ねていたくらい。だって、”ボク”だから特別扱いしてくれていたのかと思ったら、まさかの”弟”という存在に対してなんて……と。
姉様はボクを安心させるために言ったのかもしれないけど、それでも納得がいかなかった。
でも、その後不意打ちで言われた「ずっとここにいる」という言葉に、不覚にも泣いてしまった。狼狽え具合を見て、ざまあみろと思ったし、少しスッキリしたけれど。
それから、なぜか自分で自分のことを話したくなって、ボクにとって重要な昔のことを、泣きじゃくりながら話した。姉様は、いっそ悲しくなるような優しさで、柔らかく相槌を打って、ずっとずっと聞いていた。
いつの間にか朝になり、雀の鳴き声が聞こえてきたとき、もう大分心の中は整理されていた。
もう、踏ん切りがついたのだ。
ボクは、姉様が好きなんだということ。
それから、本当の意味で、”ボク”という存在に、姉様を執着させてやろうと決意した。
間違いなく、ボクの人生の分岐点だった。




