46.次なるフラグ建設中
レオのクッキーを賜り、会議に行ったあの日は、もう既に二週間前の出来事となっている。
ひんやりとした空気が立ち込めてきた最近は、日本でいうところの「秋」に近かった。
あれから私の日常は、少しだけ変化した。
小悪魔にジョブチェンジしたレオが、以前よりも私にべったりだったり。騎士団長が私の活躍を武勇伝風に我が家の騎士達に伝えたことにより、以前よりもキラキラした視線を浴びる機会が増えたり。襲撃中は頻繁に連絡をとれなかったアレクやライラとの連絡が、いつも通りに取れるようになったり…。
しかし、平和なことに変わりはない。いつも通り、起きて、朝ごはんを食べて、時間になったら家庭教師のルーナと勉強して。ラピス師匠の訓練も受けて、週末にはアレクやライラと会う。
そんなこんなで、私の日常が戻ってきていた。
「あぁ~平和だなぁ~」
日焼けをする‼と後ろでカッカしているアンナを置いて、私は、日傘をささずに庭で日向ぼっこをしていた。白い肌が社交界で大事なら、日光は人類にとって超絶大事なものなのである。
ぐーっと背伸びをすると、気持ちがすっきりする。
こんな平和が続けばいいな……なんて、フラグっぽいことを考えてしまう私なのであった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
”レイナー公爵令嬢が、また何かやったらしいぞ”
社交界ではよく聞くその文言は、今日も影で囁かれた。
スライムをテイムしたとか、魔法の才があるとか、あのスパルタ家庭教師ルーナもお墨付きの天才だとか。あとは、レイナー公爵家最強の人間になった、とか。これまでにも幾度も社交界の噂を席巻したレイナー公爵令嬢だが、今日もそれは健在だった。
よって、噂事に疎く、良くも悪くも貴族らしくない少年、グレン・デイヴィスの耳にも、しっかりとそれは入って来ていた。
”今度は事件を解決なされたとか……”
”私も聞きましたわ。最近は、密かなファンも多いらしいですし”
”前は彼女に反抗的な態度をとっていたのに、すっかり忠犬になっている方もいるくらいですものね”
(…レイナー公爵令嬢、今度は事件を解決したのか?いや、凄すぎるだろ!というかどれだけアグレッシブなんだよ?俺ですらまだ実戦出してもらえたことねぇんだぞ?)
グレンは、募る焦りにううむ……と考え込むポーズをとった。
すると、周囲の令嬢が「きゃあっ」と湧く。
なぜならグレンは、イケメンだから。そう、攻略対象らしく。
グレンの容姿は、十二歳の時点で既にとても整っている。
騎士団長の息子だが、ゴリゴリのマッチョ系ではなく、どちらかというとすらっとした、女子に受けやすい体型だ。それに加え、緋色の髪と爽やかな容姿。にっと歯を出して笑うのがとても似合う。
そんな、令嬢にキャーキャー言われているグレンに近づく猛者が一人。
「……グレン。あのさあ、君、ここが社交界だってわかっててやってる?」
「ん?おー!シス!」
グレンの顔にぱっと喜色が浮かぶ。
周囲の令嬢のボルテージは一層上がり、「きゃあ!エヴァンス公爵令息様もお越しになられたわ!」「な、なんて素晴らしい画なのかしら…⁉」「誰か名絵師を呼んでちょうだい!今すぐに!」という声が群衆の中から飛び出てくる。
しかし二人は、気にする素振りもなく、いつも通りのテンション感で話し始めた。
「流石の俺でも、ここがパーティのど真ん中だってことくらい知ってるんだが」
「そういう意味じゃないの、わからない?君待ちの令嬢、あんなに沢山いるんだけど」
「…あー。まあ、なんだ。ほら、一人のご令嬢に話しかけるとアレだしな?当然、そういう意味で一人でいたんだよ」
「へー?その割には目が泳いでるけど?」
「気のせいだろ、多分」
幼馴染である二人の会話は、リズムよく弾んだ。
「…というか君、最近考え事多くない?悩みでもあるの?」
「……やっぱりわかるか?」
「わかるでしょ。何年の付き合いだと思ってるわけ?」
二人してバルコニーに移動する。モーセかとツッコんでしまいそうになるほどの勢いで、令嬢達が割れた。
「で、どうしたの」
アレクシスの瞳がグレンを捕らえる。
グレンは、このモードになったアレクシスは、もう誤魔化せないことを知っていた。
はあー……と諦めの溜息を吐くグレンに、アレクシスは満足そうな表情を浮かべた。
「最近なんか、焦るんだよ。ほら、レイナー公爵令嬢、よく噂になってるだろ?シスも間近で見てるだろうし…実際すげぇってこの前言ってたもんな」
「…まあね。魔法もそうだし、グレンが気にしてるであろう戦闘面でも強いよ。最近の試合では、動きのキレで負けそうだし……」
若干遠い目になるアレクシスに、ははっとグレンは明るく笑った。
「でも、まだシスは負けたことねぇんだろ?」
「なんとかね…。魔法メインで戦ってるからっていうのもあると思うけど」
「シス、負けず嫌いだもんなー。あと、その令嬢には何としても負けたくないつってたし」
「……ライバルだし、そういうものでしょ。というより、グレンは大丈夫なの、この頃」
アレクシスにじっと見つめられたグレンは、苦い顔をした。
「…あー…」
「……悪化したんでしょ」
「う……」
何がとは言わない。だが、二人の共通認識があった。グレンの悩みの種のことだ。
「リズが話題になってるからね…。しょうがないといえばしょうがないけど…」
「はあー……俺、このままやってけんのかなぁ」
「さあ?どうだろうね」
「そこは嘘でも慰めろよ⁉」
「それで嬉しいならいくらでも慰めてあげるけど」
「……やっぱいいわ」
グレンは、ふぅ……と溜息を吐く。
軽口を叩き合って少しは解れた疲労も、いまだ濃くグレンに滲んでいた。
「…それか、こういうのはどう?」
ふと何かを思いついたアレクシスが、それを言う。
そうするとグレンは、それを喜んで了承したのだった。
呑気に日向ぼっこをしている令嬢は、まだ知らない。
またもや自分が波乱に巻き込まれることを――。




