44.私の義弟が小悪魔です(SOS)
「……レオ」
「なに?」
「……あの…ちょっとだけ、距離が近い気がするんだけど…」
不甲斐なくも顔が火照ってしまう私の横に、ぴっとりと張り付く小さい体。
右腕は抱きかかえられ、じんわりと手汗が滲む。
そして何より、視界の端には、上目遣いしてくる小悪魔がいた。
「…こうされるのは…イヤ?」
むっとしたように口を尖らせるレオの姿に、ハートが撃ち抜かれる。思わず「うっ…」と声が出た。
……そう。ご覧の通り、私の義弟は、天使から小悪魔へとフォルムチェンジしたのである……。
ちなみに、あれから帰って後始末を終わらせ、レオに会いに来た途端にこれである。あの会話からのいきなりの変化に戸惑ったが、今は十分に戸惑えないぐらい余裕がなくなっている。そしてこの有様なのだ。
といっても、「大切な義弟なんだし大丈夫でしょ?」と言う輩がいると思うので先に言っておく。
私は、実は超絶ピュアなのである!しかも交際経験すらもゼロ!
そんな私が、いくら大事な義弟とはいえ、ほぼ同い年の少年、しかも美少年にこんなことをされたらどうなるか。
答えはこうだ。赤面&キュン死のコンボが決まる。
(でも…でもまだ耐えれてる方だよ!偉いよ私‼)
格好いい義姉でいられるようにしてきた、長年の努力の賜物だ。今、培われた忍耐力が試されている。
「…私、これを耐え抜いて、自室でゴロゴロするんだ」
「?」
不思議そうな顔をしたレオに、何でもないよというように微笑みかける。
「…それより、お腹空いてない?いいものあるよ」
「クッキー?…って、まさか…!」
「はい、あーん」
そうして、レオの「あーん」が直撃した私は、鼻血を吹いた。
「ってハァ⁉ひとに『あーん』されただけで鼻血出す奴いる⁉」
「レオがやるのが悪いんじゃん!この確信犯め…」
「こんなに簡単に鼻血を出す方が悪いから!」
ぷんすかしながら、私の顔や手を拭いてくれる。元々控えていたアンナやラピス、それにレオの侍従さん――ロベルトさんという男性だ――があたふたするが、レオは一切それに構う様子がない。もう一度鼻血を吹きだすのはありえないので、今度は本当に無意識だろうボディタッチに耐えた。
「ふぅ……。全くもう、せっかくの雰囲気が……」
「ん?レオ何か言った?」
「何でもなーい」
レオは、ぱくりとあーんし損ねたクッキーを口に放り込んだ。
まあそういうことで、私の鼻血スプラッシュにより、ひとまずレオの猛攻は落ち着いた。けれどかなり最初に「覚悟しててね?」と小悪魔スマイルで言っていたので、これからも被害に遭いそうだ。
これからのことを思いげっそりしていると、レオがちょいちょいと袖を引っ張ってきた。何気に上目遣いもセットだ。それでも平然を装いつつ「ん?」と小首を傾げると、レオが真剣な表情で喋り出した。
「ねえ姉様。この間の魔法料理ってやつ、ボクに教えて?」
「えっ?魔法料理?うん……別にいいけどなんで?」
「また姉様が無茶しそうになったら、ボクが魔法料理を振る舞うから」
「……」
…それは…つまるところ、私のために料理を作ってくれると…?しかも、レオ自ら…⁉
……天使か⁉⁉⁉
レオが料理男子への一歩を踏み出そうとしていると知り、そしてそれが私のためだと知り、感無量だった。
ちなみに補足だが、貴族でも料理をする人は全然いる。趣味の一つとして認められているため、「料理を貴族がするなんて!」的展開はないのだ。寧ろ、この国では、料理はできた方が家庭的だとして魅力的に映る。
レオがこれ以上魅力的に映るのは問題だと思いつつも、レオが自分から言い出してくれたことなのだ。叶えるのが姉というものだろう。
「勿論いいよ」
「ありがと。じゃあ、姉様、厨房に行こ?」
「…へ?」
レオは立ち上がると、私の両手を引っ張って立たせた。
「ちょ、ちょっとレオ?アポ無しで行ったら流石に迷惑だよ?」
「もう取ってあるから大丈夫」
「……」
そうして急遽、レオと私のお料理教室が始まった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「じゃあ今日は、クッキーを作ろっか!」
最初は手軽につまめるおやつがいい、というレオのリクエストに沿い、おやつの中でも超シンプルなクッキーを作ることにした。和食ではないが、馴染み深いものを魔法料理にした方が難易度も低くていいだろう。
材料はシンプルに、砂糖とバター、それに卵と薄力粉だ。
「まず、魔法料理で一番大事なのは、どの工程でも魔力を途切れさせることなく注ぐこと。少しずつでいいから、安定した量を、ずーっとね」
「安定した量を、ずーっと……?でも、それだけであの魔法料理が作れるの?」
「うん。ただし、本当に、乱れなく、ずーーーーーーーーーっと……だよ?」
ニッコリと微笑むと、レオの片頬が笑いながら引き攣っていた。
「物は試し。やってみようか」
それから、レオのチャレンジは始まった。
少しずつ材料を使い、何回失敗しても、何回でも挑戦できるようにする。
はじめは不安定だったレオの魔力も、繰り返すうちに、段々と安定してきた。
そして、日が暮れるころには、元々才能があったのか、ほぼ完璧になっていた。魔力のコントロールも、クッキー作りも。だから、私の目の前には、「お店のですか?」と言われそうな完成度のクッキーがずらりと並んでいた。
「……やっぱりうちの弟は天才かもしれない」
「「「…」」」
私の姉バカは今に始まったことではないと、皆が沈黙する。しかし今回ばかりは偉業だと思うのだ。これは、客観的に見てもレオは天才ということだと思う。
そう考えていると、ふとした様子でラピスが声をあげた。
「ですが、よかったのですか?魔法料理の作り方を、私達の目の前で明かされて…」
「うん、大丈夫だよ。だって、私とレオと、あと数人しか使えないしね」
不思議そうな顔をする侍女達だが、引き下がってくれたようで、それ以上の追求はなかった。
「それと、リズ様、差し出がましいようですが、あの事件についての会議の時間が迫っています」
アンナにそう言われ、時計を見る。…なんと、事件会議の十分前だった。
そして、今の格好を見下ろす。エプロン姿だった。
「あっ⁉まずっ…!ごめんレオ、もう行くね!」
「ちょ、姉様!…あ~もう!ハイこれ‼」
慌ただしく出て行こうとする私の手に、ぽんと置かれた何か。
それは…、なんと、可愛らしくラッピングされたクッキーだった。
「!これ…‼」
「帰ってきたら、たっぷりまた話そうね?」
可愛らしい義弟にそう言って見送られた私は、超特急で着替えを済ませ、打ち合わせに向かったのだった。やはり、私の義弟は最高だと見悶えながら。




