43.小悪魔公爵令息はオトされる
夜通しのレオ奪還作戦が終わり、眩しい朝焼けがやってくる。
その明るさに目を細めつつも、呆然として座り込んでいるレオの方へと駆けて行く。
「レオ」
呼びかけても反応がない。ひらひらと目の前で手を振ってみると、「…どうして」と小さく口が動いた。
「……どうして、姉様はボクにそんなにしてくれるの?一貫してボク大好きを貫いていた姉様ですら憎んでたのに。それに、ボク大好きな姉様のことだし、傷ついたよね?…本当に最初の最初から、性格も言葉も、ほぼ全部で姉様を…アンタを騙していたのに」
堰を切って溢れ出る言葉の数々に、私はちょっと目を見開いてから、くすくすと笑った。
「な…、何がおかしいの⁉」
「ふふっ。ううん、いや、何でもないよ。レオのアンタ呼びもいいなとか、全然そんなこと微塵も思ってないから」
「……」
遠慮なく冷たい視線を向けてくるレオ。完全に引いているときの表情だ。
しかしそれに気付いたのか、ハッとして、すぐにばつの悪そうな顔になってしまった。
私はレオの隣にしゃがみこんで、同じ方向を向きながら喋りだす。
「まず、大前提、傷ついたことと嫌いになることは、イコールじゃないからね」
「……」
「…確かに、『あ、憎まれてたんだな…』とか、『憎んでる相手に四六時中付き合わされて、レオ君大変だったろうに、全然見抜けなかったなぁ…』とか、『これだけレオ君のことが大大大大だーいすきなのに、ぜ~んぜんな~んにも気付けなかったなぁ……』とか……色々、傷つくことはあったけど…」
「………。」
「でもね。それって案外、人間として普通のことだと思うんだ」
「…普通?」
こくんと首を傾げるレオに、「そう」と言って頷いた。
「だって、レオ君がしてたことといえば何?」
「え…っと…?」
「まず、本当の自分を隠してたってこと。それと、私を憎んでたってこと。あと、前の家での暮らしを隠してたってこと。…それだけだよ。どれも全部、話すか話さないか、どうするかは、レオが決めていいことで、全然咎められることじゃないよね?」
「……でも、人には嫌われる」
「…そっか。確かに、嫌う人もいるよね」
表情の読めないレオ。でも、なぜか物悲しそうに見えてしまった。
(…この子にとって、人に嫌われるってことは、どれだけ怖いことなんだろう)
あの豚箱行きのゴミに明かされた事実は、私にとっても衝撃だった。
本当はレオの口から直接聞きたったけれど、しょうがない。
『元々生家で、実の子ではないというだけで虐待を受けていた』
『親の愛を得るために、天使の自分を作っていた』
『そして、憎い私をずっと慕うふりをして、自分を守っていた』
(…レオにとってきっと、人に好かれることは生きていくための方法で…。だから、人に嫌われたら、またあの頃みたいになるんじゃないかと、怯えている…のかな)
わからない。
何もわかってあげられなかった私自身の推測に、自信を持てない。
けれどきっと、こんな姉でも、何かレオにできることはあるはずだ。
「…あのさ、レオ。私に嫌われるのは、怖い?」
「……!」
驚いて、綺麗に目をまあるくしたレオが、こちらを凝視してくる。
(…って、いきなり答えづらいこと聞いちゃったかな)
答えてくれるかどうか…そう思っていたけれど、思いの外早くに答えが返ってきた。
「……こわい」
「………‼‼」
今度は私が目を丸くする番だった。
けれど、レオはそれを言い終えると、黙って俯いてしまった。
「…『助けに来いよ、バカ姉貴』」
「‼」
「あれ、いいよね。何気にお気に入りなんだ」
脈絡もなくそう言うと、レオは「…ハァ…?」と困惑顔になった。
「だからね。私は、レオに色々隠されていたって知っても、嫌いにならない人なんだよ」
「嫌いに…ならない?」
「うん。…さっきお気に入りって言った理由はね、こんな大事なときに私を頼ってくれるんだって思って、嬉しかったから。私の前で新しいレオを発見できた瞬間でもあったしね。それに、そんなちょっと生意気なレオも弟っぽくて凄い可愛いし」
「…」
「だから私は、そんなレオを知っても嫌いにならない人なの。…でも、もうさっきの戦いで、十分証明されてると思うけどな」
そう言ってにっと笑うと、レオが少しだけ笑ってくれた。
「…ちょっとは安心できた?」
「……ちょっとだけ」
「ちょっとだけかぁ~」
そう言って悔しがってみせると、レオは、年相応の笑顔を見せてくれた。今までの、儚げな笑顔でもなく、可憐な笑顔でもなく、無邪気な子供の顔だ。
「…じゃあ、レオ。特別に一つ、いいこと教えてあげるね」
私は、レオの耳に近づいて、そして囁いた。
「……私は、”弟”に執着してるの」
「……”弟”?」
「数十年間もいたような夢の中で、一緒に育ってきた、莉音っていう弟がいたんだ。でもその子、死んじゃったの。……私のせいで」
それだけ言って体を離すと、レオは、瞳が零れ落ちそうなほど目を見開いて、そして固まっていた。
「…重い話だったね。でも、だからこそ安心してほしい。私はもう、同じことは繰り返したくないから。弟への愛は本物。だから…レオの恐れているような事態には、きっとならない」
だから、安心してほしかった。
そしてまた、私が安心できるような笑顔を浮かべてほしい。
「レオが大好きなお姉ちゃんは、ずっとここにいるからね」
できる限りあたたかな笑顔を浮かべて、レオを見る。
…するとそこには、涙を流すレオがいた。
「へっ?はっ?あ、あああ…(どどどど、どうしようどうしよう…⁉)えっと、レオ?やっぱりさっきの話が…⁉」
「…姉様…もう一回…ボクの口から、話していい?」
弱々しく紡がれた言葉は、思ってもみない言葉だった。
それから私は、嗚咽をもらして泣きながら今までのことを話すレオを、背中をさすったり、涙を拭いたり、相槌を打ったりして見守っていた。けれど一番していたのは、頭を包み込むようにして撫で続けることだったように思う。それをすると、レオの身体の強張りが解けるのがわかったから。
それからどれくらい経っただろうか。
チュンチュン、とスズメが鳴き、気持ちいい青空がのぞくような時間になった。
腫れた目を魔法で冷やしながら、機嫌よさそうに触れられている可愛い生物を見やる。
「…ねえ、姉様」
「ん?」
「これからもこのボクでいい?」
私の肩に頭を乗せているレオに、「勿論」と言う。すると、また満足げに頬をすりすりしてきた。
「……ねえ、姉様」
「なあに?」
「…ボク、姉様のこと、憎んでないし、嫌いじゃないよ」
「え…っ?」
「前までは憎んでたし嫌いだったけど」
「うっ…」
色々な言葉が飛んできて重症な私に、レオは小悪魔っぽく笑って言った。
「でも今は、他の誰より嫌いじゃないよ」
ありがとうございましたあああああああああああああ‼
この後もお話は続きますし、その後のお話も入れたいので章的にも終わりではないのですが…。
それでも、重要な一区切りがついたということで!お疲れ様です‼
特別話として「レオ視点」の話も入れるつもりなので、よければそちらも読んで下さい!
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