42.最終ラウンドで決着を
「よし!広いフィールドができたね!最終ラウンドにはもってこいじゃん!」
無事に避難し、そう満足げに笑う義姉の頭を、どうして誰も叩いてくれなかったのだろうか。
特級魔法……しかもこれだけ派手に建物を壊すなんて。規格外な義姉でも、常識は備えていてほしかった。そういう多方向からの視線を受け取った義姉は、「…どっちも許可もらったよ?」と言っていた。いや、そうだけどそうじゃない。
「…それよりも、さ」
目を逸らし、そしてそれを誤魔化したかったのだろう義姉の視線を辿ると、そこには、土埃にまみれたアビスと部下二人がいた。
「”聖印”が……あの方からお預かりした…”教会”が………」
「…あー、何というか。ご愁傷様です」
「貴様が言うか‼」
アビスは相当怒り狂っている。敬語や冷静さを忘れるほど、そりゃあもう取り乱している。
部下二人も、武器を持つ手が小刻みに震えているので、きっと怒りに震えている…はずだ。もしかしたら、さっきのが怖すぎてそうなっているだけかもしれないけれど。
「…とにかく。いい加減、邪魔者には退場していただきます。〔神の裁き〕‼」
「!」
ギラリと眼光が鋭くなったかと思うと、光の刃が空中に生成され、それがこちらへ向かって降ってきた。傍から見ても、凄まじい量だ。はたして、ノーダメージで済むかどうか…。
「…これだけ?」
「……何だと?」
…信じ難い会話が聞こえてきたような気がする。
バキッと脈を浮かせて苛ついているアビスを更に煽るように、義姉は唱えた。
「《海神》」
その途端、義姉の背後から、水の竜が顔を出す。水なのに、離れていてもわかる勢いに押される。
そしてその海神は、義姉がすっと合図を出したと同時に、凄まじい速さでアビスへ襲い掛かった。
「……‼‼」
…言葉も出ないほど、圧倒的だった。
「…?あれっ?終わり?」
拍子抜けしている姉様を見ると、こちらも拍子抜けしてしまう。それはそうだ。あんな攻撃を真面に食らって立っている人間がいたら、見てみたい。そもそも、特級魔法の意味を理解しているのだろうか、この人は…。
半分呆れつつ義姉を見ていると、海神が切れ、遠くに引き摺られたボロボロの姿のアビスが見えた。
「…え、立ってる」
「あ、さすがに?」
違う意味で驚いたボク達は、アビスを再び凝視した。
アビスは、ぎりぎりと歯軋りをしていた。目玉が飛び出そうな勢いで、目もガン開いている。
「クッソぉ……なぜ…なぜなのだ⁉いつもなぜこう邪魔が入る⁉」
「……それは、それだけのことやってるからじゃ」
「煩い黙れ‼」
「酷くない⁉」
…一瞬遠い目になってしまったボクだったが、「……まあいい」というアビスの声に引き戻される。
「短期決戦といこうか。魔導士殿」
「喜んで。誘拐犯さん」
そこで、アビスは目を閉じ、胸の前で手を組んだ。
「主よ、力をお貸し下さい――〔神の装束〕」
アビスは、背後から出てきた、鮮血のような紅の帯に食べられるようにして巻き取られた。だが、すぐにするすると解けていったかと思うと、そこには、瞳孔が開き、目を深紅で塗りたくられたようなアビスがいた。先ほどまでとは違い、深紅の聖職者風の服と、首には光の輪を纏っている。服はともかく、光の輪は、アビスを縛る首輪に見えた。
「…では、行きますよ」
「えっ絶対ヤバい力使ってるけど⁉」
そうして、最終ラウンドの戦いの火蓋は、切って落とされたのだった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「〈〈轟雷の剣〉〉――」
「…赦さない」
「っ⁉」
(魔法陣が……壊された⁉)
急接近したアビスによる手刀で、魔法陣がバリンと砕けた。
(しかもなんてスピード…!さっきとは、まるで別人…)
「…よそ見ですか?」
「‼」
すれすれで、首を狙った光の剣を避けることに成功する。
ブリッジの途中のような海老反りになっていた私は、素早く身を立て直し、距離を取る。
しかしアビスは、執拗に追いかけてきて、なかなか離れてくれない。
上段から一発、下段から一発きたのを受け止めて、フェイントを繰り出す。
しかしフェイントが見切られカウンターを決められそうになるが、寸でのところで受け止めた。
「…〔神剣召喚〕」
(このタイミングで剣来るのはちょっと想定外…!)
ナイフで受け流すが、どうしてもあっちの方がリーチが長く、しかも今は素早さまで上回られている。そんな状態だ。十、二十、三十…と、応酬を繰り返すうちに、私の身体に細かい傷ができていく。確実に削られてきていた。
(魔法を……どうにか魔法を使えれば……)
その時。
パキン、とナイフが折れた。
「………え」
振り下ろされるアビスの剣が、真上にいったからかほとんど見えなくなる。
なぜか、そこだけ時間が進むのが遅く感じた。
「姉様―――‼‼‼」
レオの叫び声が聞こえた瞬間のことだった。
私の前にできた光の膜、いや”結界”が、アビスの剣を弾いた。
「……‼」
「姉様!今のうち‼」
そう言われて、ハッとする。見れば、アビスは結界に弾かれた衝撃からか、上手く剣を握れないようだった。
(やっぱり、さっき結界を張ったのは……)
新たな憶測が浮かんできたが、しかしそれを振り払う。
それを考えるのは、この犯罪者を豚箱に突っ込んでからだ。
そうと決まると、私は一気に懐に潜り込み、新しく取り出した両手のナイフでアビスの膝裏と肘裏を掻っ捌く。そして、一瞬行動不能になったアビスの心臓目掛け、毒付きナイフをぶっ刺した。
「があぁあッ!おのれ…おのれぇぇえええ‼」
真っすぐ振られた動きの鈍い剣を最小限の動きで躱し、逆にその剣先を素手で掴んでバキッと折る。そしてくるりと一回転すると、その勢いを借りて心臓にそれをぶっ刺した。
「が…ごぼっ」
「あ、自分にも効果あるんだね、これ」
高い再生能力を持つアビスだが、藻掻き苦しんでいるところを見るに、すぐには再生できないらしい。それなら魔法ですればいいと思っていたのだが…、違う。どうやらこいつらは、魔法が使えないようだ。その代わり、魔法に見えるもの――そう、神の技を扱っている。きっと、今まで魔法に見せかけられてきたものも、本当はそれだったのだろう。
(でも、決まった技しか使えないみたいだったし。回復魔法を使わない様子を見ても、自然治癒力が高いだけで、それっぽいのは授かってないみたい)
「ま、何はともあれ。また、豚箱で会おうね」
「あぁぁあああぁぁああああ‼‼‼」
スパッと手刀で気絶させると、アビスはがっくりと倒れ伏して、再び起き上がることはなかった。
あとから、片付いた順にラピスと騎士団長も配下二人を連れてきてくれ、三人は無事お縄についた。
こうして、対アビス戦は幕を閉じたのだった。




