40.お姉様のご到着
――助けに来たよ、バカ義弟
確かにそう聞こえたボクは、真後ろで「ごぶっ」という音が鳴ったのに遅れて気付いた。
次いで、ボクを取り押さえていた二人も地面にめり込んでいる。コイツの…義姉の強さは前々から知っていたが、間近に目にすると、ほんと人間業じゃないなと思った。
……でも、
「レオ‼‼‼」
「うわっ」
…こういうところは、誰よりも人間っぽくてあたたかい。
ぎゅっときつく抱擁される。姉の後ろに見えるラピスさんとレイナー家の騎士団長が、呆れたような、微笑ましそうな視線を送ってきた。
「大丈夫⁉怪我してない⁉」
「姉様…。大丈夫だよ、なんにもされてない」
再び天使になり直すと、目に大粒の涙をすごい速さで溜めた義姉と目が合った。
「……本当に?」
「うん。姉様こそ、無理してない?」
「全然平気」
「それ無理したってことだよね⁉もう…」
ぷんすか怒ったふりをすると、義姉はいつものように頬を緩めて、「ごめんごめん」と軽く謝った。
(…それにしても、コイツ、どんだけボクのこと好きなんだよ…異次元の速さで泣いてたけど)
なんだか、今日コイツの顔を見ると、調子が狂う。
きっと、つい先ほどまで恐怖に晒されていたからだろう。あと、予想通り駆けつけてきてくれたことに満足していて、変な高揚感があるだけだ。
「とりあえず、帰ろう、レオ。もうちょっとで馬車が来るはずだから――」
…その時だった。
義姉の肩に、ナイフが刺さったのは。
「――ッ‼‼」
「姉様‼‼‼」
魔法で編まれた疑似的なナイフが、するすると解けていく。その代わり、どくどくと肩口から血が流れ出た。しかし、すぐに義姉に駆け寄ったラピスさんが「《奇跡の癒し》」と唱えると、みるみるうちに傷口が綺麗になった。義姉の顔の険しさが薄まる。
「……全く、これだから俗世の者は嫌なのですよ」
服の埃を払うようにして現れるフード人間。
その後ろに、ボクを取り押さえていた二人が、よろよろと立ち上がって控える。
「申し遅れました。あの方の愛し子様、そして愛し子様の近親者様。私は、アビスと申します」
フード人間のフードが、ぱさっと振り払われる。
そしてそこには、色黒で、薄い金髪を短く剃り上げた、精悍な美青年がいた。どことなく無骨だが、怪しく笑っているせいで、やはり狂信者じみていた。
義姉は、そんな顔面には目もくれず、ギンッと親の仇を見るような目でアビスを見つめた。
「…確かに致命傷だったはずなんだけど…」
「フフ。不思議ですか?」
ゆらゆらと、実体があるのかないのかわからないような動きをするフード人間達。義姉は、そんな三人からボクを守るように、ボクを背中に隠した。そして、ボクを囲むように、ラピスと騎士団長も陣取る。そんな一触即発な雰囲気の中で、腹が立つほど伸び伸びとした声で、アビスが語りだす。
「我々は、あの方の僕なのです。あの方の加護を賜り、俗世から解き放たれた人間」
うっとりとしているような響きに、思わず顔を顰めた。
「……つまり、自分たちはその加護のおかげで強化されてます、って言いたいのね?じゃあ、あの方っていうのは?」
「それはお教えできません。何せ、命より大事な我が主なのですから」
「そう?なら……聞き出せばいいか」
「はあ…。まったく野蛮で、嫌になりますね。…お前達」
そうアビスが声をかけると、ザッとバックの二人が戦闘態勢に入る。それに反応して、こちらの三人も戦闘態勢に入った。
「――では、はじめましょうか」
「ふッ‼」
義姉の蹴りが、若干フライング気味にアビスの側頭部に直撃する。
かなりの威力なはずなのに、あの蹴りに吹っ飛ばされたこともあるアビスは、平然として頬を片手でおさえるだけで済んでいた。
「……これだから……これだから人間は嫌なのです」
「私も誘拐犯は嫌いだよー?」
昏い瞳で向かい合う二人。目がもれなくイっていた。
それからまもなくして、一対一の交戦が始まった。
姉様はアビスと、ラピスさんと騎士団長はアビスの部下と、一対一。
部屋が戦場になる中で、ボクはどうすることもできなかった。
(…とりあえず、邪魔にならなそうなところに移動…)
そう思うのに、体が思うように動かない。
その原因は……足の震え。
衝撃だった。図太さに自信があるし、そもそも心の中は常に冷静だったから、こんなことになるなんて思ってもみなかった。
(嘘だ……!ボクは慣れてるはずなのに…っ)
どう考えても、出入り口に近い隅に避難した方がいい。
ただでさえ狭い部屋の中で、これでは流れ弾を食らう危険があるし、姉様達も戦闘に集中できなくなる。そうすると、勝率、ひいてはボクの生存率にもかかわるのだ。
(動け……!動け動け動け‼今にも流れ弾が飛んで来たらどうする⁉連中がボクを人質にとるかもしれない…そうしたら……)
ナイフが突き刺さったときの、義姉の苦痛の表情がフラッシュバックする。
しかし、神様は意地悪で。ボクがもたもたやっているうちに、恐れていた事態が起こってしまった。
「うぐっ……⁉」
急に視線が高くなったと思ったら、ボクはいつの間にか、持ち上げられ、首に刃を突き付けられていた。




