38.焼かれる前の走馬灯
「焼き、印…⁉」
ボクの身体が強張った。当然だ。なんたって、焼き印は、生きた人間にそのまま高温の熱を押し付けてつけるものだし、何より一生ものの使役などに使われる。それに、焼き印に何かの複雑な魔法陣が刻印されているところを見るに、効力の強いものらしい。
…下手をすれば、ボクの所有権が、レイナー公爵家から剝がされるかもしれないくらい。
その途端、ボクの心を恐怖が襲った。
生家で虐待されていたときとは比べものにならない恐怖だった。
しかし、ボクがそう言ったときに感じた寒気は、圧倒的にそれを凌駕した。
すっと目を眇めたように見えるフード人間は、「焼き印?違いますね」と謳うように言った。
「これは聖なる印を付けるための”聖印”。焼き印などという穢れたものと一緒にされては困ります」
「”聖印”…」
「そうです。これはあの方の印。貴方様が正式にあの方のものと認められるための、大切な儀式なのですから。そう思えば、怖さなど吹き飛ぶでしょう?」
…どこが。
拉致して、しかも怪しい宗教の神を語りだしておいて、「怖さなど吹き飛ぶ」なんて。
しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。とにかく時間を稼がなければ。
そう考えて、ボクは口を開いた。
「…あの、もう一つ質問してもいいですか?」
「ええ!勿論。なんですか?」
「……その、なぜこの部屋で……?」
先ほども思ったが、どう考えても俗っぽい部屋だ。神聖な儀式とかいう風なのであれば、あの”教会”という部屋でされてもおかしくなかった。
そう思って訊ねたのだが、フード人間は何ということはないように答えた。
「この”聖印”の他にも、印付けのための儀式があるのですよ。そうすると、色々と出てしまうこともありますので…」
「……っ」
他にも、儀式がある?
色々と…、出てしまう?
(…それって、濁すような何かがあるってこと…?…もう、ホンット最悪…‼)
そして、”教会”とやらは神聖な部屋で、ここは汚らわしい部屋だから、ここが宛がわれたのだろう。ボクを神だとか何だとか言っておきながら、血やら何やらなどの人間っぽいグロテスクなものは、ここで処理しようと判断されたのだ。
…だが、そろそろ本当に不味い。
質問攻めにして時間を稼げば、抵抗と見做されて、すぐにでもやられてしまうかも。
しかし、時間を稼がなければ、ボクを待つのは拷問だ。
「…さあ。そろそろ時間も少なくなって参りました。御身を、失礼致します」
「っ‼待っ――」
両脇から、物凄い力で押さえつけられる。魔法を唱えれば一発だろうに、ご丁寧に、力業で押さえつけられてから、仕上げとでもいうように魔法で縛られた。
そして、正面には、いつもボクと会話していたフード人間。
やはり、こいつらが慕っているのは神で、ボクはただの捧げものだったのだ。
上半身の服を脱がされ、フード人間は背後に立った。
そして次の瞬間、蒸気にぶわっと襲われた。
(…ああ…ッ、本当に……なんでこんな時に真っ先に思い浮かぶのが、あいつの顔なんだよ…っ‼‼)
レイナー公爵家の最高権力者である義父でもなく、その義父をも叱れる義母でもなく、真っ先に思い浮かぶのは、いつもいつも、だらしない顔でニコニコと笑顔を向けてきた、憎きエリザベス・レイナーだった。




