37.私が弟を愛する理由
「……」
腕を組み、切羽詰まったような表情を浮かべながら、人差し指でトントンと一秒一秒刻むことで、焦りを誤魔化していた。
今、レイナー家お抱えの魔導士達は、捜索のため大魔法陣を展開している。構造としては何ら難しくないが、転移した場所を割り出すため、かなり大きく広げなければならないのだ。ちなみに、大規模魔法陣を展開するにあたり、王家に許可を取らなければならなくなったので、もう我が家の内内で済ませることはできなくなった。
やはり、焦りが収まらなくなる。
何より、私が大規模魔法陣生成に協力できないというのが響いていた。
私は我が家の最高戦力だ。よって、奪還に乗り出す者として、魔力は温存しておくべきだと言われた。勿論、私もそれが一番だと思った。けれど、それとこれとでは話が違うのだ。
そんな、尋常ではない私の様子を見かねてか、傍に控えている侍女三人が話しかけてくる。
「リズお嬢様。こんな時こそ、リラックス、です…!わっ、私が言えたことでも、ないのですが…」
「リリーの言う通りですよ、リズ様。…特別に、マッサージをしましょうか。肩をお貸し下さい」
「では、私は腕を。戦闘の時はよく使いますからね」
「わわっ。私がやりますから、ラピスさんも休んでて下さい‼」
慌てて私の腕を揉み解し始めるリリーに、思わずふふっと笑みがこぼれる。アンナにも肩をマッサージしてもらったが、アンナは本当に上手だった。いや、毎日強請ってやってもらっているのだが。
何にせよ、少しだけ緊張が解れてきて、ふう……と息を吐き出せた。
「…ところで、リズ様。お伺いしてもよろしいですか…?」
「ん?うん、いいよ」
「あの……。…とても失礼なことは承知の上で、お伺いするのですが…」
「するのですが……?」
いつにもましてもじもじとした様子のリリーに、言葉尻をとって反復してしまう。
しかし、リリーも公爵家長女の侍女なだけあり、割とすぐに切り出した。
「…なぜ、リズ様は…そこまでレオナード様を、寵愛なさるのですか?」
「……!」
ラピスやアンナも、驚いていた。
けれど、確かにと思うところがあったのだろう。二人も、問いかけるように私を見ている。
「…あ、あの。やはり失礼でしたよね…」
「いや、全然。…ちょうどいいから、話しちゃうね」
私は、ふっと懐かしむように目を細めた。
「私ね、長い夢を見たんだ。実際に生きているかのような夢で、十数年くらい生きてたかな?」
勿論、前世のことだ。
「…それでね。私には、弟がいたの。莉音っていう子で、可愛くて仕方がなかったんだ」
「リオン、様…」
「そう。なんだけど、その子のこと、私が守り切れなくてね。結局…十何年かで、天国に…」
「「「…!」」」
侍女三人が息をのんでいた。
「元々病弱な子だったし、よく生きられた方ではあったんだよ。でも、私は、いや、私が――」
その時、バン‼と扉が乱暴に開かれた。
「場所、わかったわよ‼」
…扉を蹴破った張本人であり、先ほどまで大魔法陣の生成に携わっていた、紛れもない実の母が、そこにいた。お父様は、そんな様子の母を見て、頭が痛そうにこめかみを押さえていた。
しかし、飛び込んできたのは何よりも欲していた言葉だ。当然、私は地図が置かれているだろう部屋に突入した。
(もうすぐ行くからね、レオ。今度は絶対、守るから)
そう心に決めて、敵陣へ繋がる転移魔法陣の中へ飛び込むのだった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「さ、お次はこちらです、わが君」
「は、はい…」
びくびくと怯える演技をしつつ、目は忙しなく案内された部屋を観察している。
ボクは今、神殿の中の”教会”と呼ばれていた部屋から出て、様々な部屋を巡っていた。毒素を洗い流し、体を清めるためといって、先ほどから様々なことをやらされてきた。
珍獣の肉を食べさせられたり、かと思えば吐き出すように求められたり。お風呂に浸かってこいといわれ、やっと真面なのがきたと思えば、広い湯舟の中にはキンキンに冷えた冷水。
正直言って、もうここにいたくなかったし、これ以上変なことをさせられるのも懲り懲りだった。
だが、従順にしていなければ、何をされるかわからないのも事実。特にこいつらは狂人じみているのだ。いきなり血眼になってボクの命を狙ってきてもおかしくない。
だからこそボクは、ここまで従ってきた。そして、今回も。
次は何が来るのかと、内心身構えた。
しかし、部屋の中を見て、拍子抜けした。
「普通の、部屋…?誰かの自室でしょうか……」
そう。
見慣れた貴族の自室ほどは豪華ではないが、平民の私室と言われれば納得してしまうような、そんな生活感溢れる普通の自室だった。
ボクを神と崇めるフード人間達にしては俗なチョイスだと思ったが、思ったよりヤバいことはさせられなさそうで、ホッと一息つく。
「ここでは何をすれば……?」
恐々と伺うように表情と声を作ると、すぐに答えが返ってきた。
「ここでは、コレを使わせていただきます」
今までと変わらない声音でフード人間が掲げたそれは、奴隷などに焼き印をつける時の、判だった。
…しかも、一生付けておくための、特別な”焼き印”だった。




