04.100点の謝罪と土下座を目指して
「…ここだけでは、気丈に振る舞わずとも、宜しいのではないか……と…」
「……へっ?」
ヒロイン侍女ことリリーの唇から飛び出した一言に、間抜けな声をもらしてしまう。
気丈に振る舞う?私が?この図太いと評判の私が???
疑問符が飛びまくっている私に追い打ちをかけるかの如く、侍女三人揃って言葉を重ねる。
「そうです…‼お嬢様はいつもより物腰が柔らかくて…でも、それほど傷心しているのかと思うと…」
「何もして差し上げられませんが…、義弟様よりもお嬢様の方が優れていますから…!」
「ですからご両親の愛を受けるのは、お嬢様ただ一人でございます……っ!」
…ちょっと待て。
待て待て待て待て。なぜそうなる。
あれだな?つまり彼女達は、私が急に態度変わったから驚いて、その理由が、私が「義弟が我が家に来たことにより両親の関心がそっちに全部行ってしまうんじゃないか」と心配に思っていると思ったんだな?
これに関しては、断じて違うと言いたい。いや、確かにこれまでのこの子の振る舞いを考えれば妥当(?)な推理なのかもしれないが、少なくともこの子が私になった以上、そんな勘違いはされたくない。
「うーんと…、いや、違うよ?別に私、あの二人のことどうとも思ってないし」
「「「……?」」」
三人して摩訶不思議というように首をこてんと傾げる。くっ…。口調まで変わったのに、そっちに驚きの比重が傾くとは。どんだけ酷い真似してたんだ、この少女。
「も、もしかして…、お嬢様は、記憶喪失に…?」
「違うわ!な~に勝手に人を記憶喪失にしてくれてんじゃ!」
「ひっ⁉すっ、すみません…っ」
元から青かった顔をより青褪めさせ、ぶるぶると恐怖に震えるリリー。
「ち、違うよ!これは怒ったわけじゃなくてツッコミ癖が発動しちゃっただけだから!」
「つっこみ癖が発動……?」
「そうそう。ボケとツッコミってあるでしょ?あんな感じ」
まさか、ボケとツッコミも理解されないとは……と一人奥嚙みする。侍女三人と打ち解けるには、かなり時間がかかりそうだ。
ラノベの主人公みたいに『よーし!まずは破滅フラグ回避のために家族仲良好にするぞ☆』という思考回路には残念ながらならないため、使用人達とはじっくり時間をかけて打ち解けていこうと決める。
幸い私は九歳。まだ全然取り返しが効く年齢だからね。
ただし、今、絶対にやらなければいけないことがある。
今後彼女達と良好な関係を築くために必要なステップが。
「…お嬢様?」
急に黙りこくった私に、この場が恐怖と心配に支配されたのを感じる。
(大丈夫大丈夫、私は翼に何度もムードブレーカーって呼ばれてたんだし。絶対良い意味じゃなかったけど)
「……ラピス、アンナ、そして…リリー」
後ろで、私の身支度を整え終え、最終確認をするべく私の全身に目を走らせていた三人が動きを止める。どう考えても驚愕のあまり固まったのだろう……、可哀そうに。
「…三人共…」
そして、遂に私は腹を括った。
「ほんっっっっとうに、今まですみませんでしたあああぁぁああっ‼‼‼」
勢いに任せ、ぐるんっと三人へ向き直り、そのまま土下座をした。
「え……、ええぇぇえっ⁉どどどっ、どうしたんですかお嬢様っ⁉」
一番に声を上げたのは、やはり肝が据わってるリリーだ。それに続くように、ラピスとアンナも「顔を上げてください!」だとか「天変地異…⁉」だとか言ってくれた。
(いや、アンナは普通に失礼だからな⁉言えないけど‼)
謝っている分際で『天変地異とはなんだ!』とは言えないけど、いつか真正面から彼女達におふざけとしてそう言える日が来たらいいなと思う。
そう思いながらも、何に対して謝っているのかを口にする。前世では、英語の先生に『謝るときは三つのステップがある』と教えられたからだ。
STEP1は、とにかく謝る。それはもうドン引きされるぐらい謝る。
STEP2は、やらかしてしまった内容を自白する。私達の中で、英語の授業で宿題を忘れるということは、授業での公開処刑と同義だった。
「本当に今までの私は道徳的に最低だったと思ってます‼身体的虐待及び精神的虐待に加え、我が儘放題のどうしようもない公爵令嬢でした‼」
もう部屋の外に聞こえてしまえと思いながら凄い剣幕でそう捲し立てる。
最後に、STEP3。STEP3は、今後どう対策するのかを宣言する。ちなみに、宣言を守らなかった奴は、公開処刑どころではなく、地獄の窯に入れられたような有様になる。
え?具体的にどんな処遇か?
それはもう…、授業中、一生当て続けられるという地獄ですけど。
「今後は…っ、今後はもう二度とこんなことはしません‼元々好きで人を虐める趣味は無いし、もう自分の両親にも吹っ切れたし‼対策としては滅茶苦茶生ぬるいだろうけど、仮にも私公爵令嬢だから…軟禁は無理だった‼‼」
そして、暗黙のSTEP4。相手からの言葉を居た堪れなさの中で待つ時間が始まる。出来るだけ早く反応してくれという私の願いとは裏腹に、誰も、物音すら立ててくれない。
このSTEP4こそがまさに地獄なのだと、やらかした親友から聞いた記憶が蘇る。
(我が友よ……。これからの最適解を教えてくれ)
届かない願いを抱きつつ、沙汰をひたすら待ち続ける。
そうすること数分、やっと膠着状態が崩された。
「…顔を、上げて下さい。え…、エリザベス、お嬢様」
私ことエリザベス・レイナーは、指示通りに顔を上げる。
「……その。今までのエリザベスお嬢様の振る舞いに私達が傷ついたことは確かです…。ですが…、同時に、こんなに誠意をもって従者に謝ってくれる主人がエリザベスお嬢様以外にいないとも思いました…‼」
勇気を振り絞り、震えながらも私の目を見ながら話すリリー。
やっぱりその姿は、可憐で、見る者全てを引き込むような引力を持っていた。
「私は……っ。私は、もう一度だけ、今のお嬢様を信じてみたい…です…‼」
同僚の私を信じる宣言に、目を白黒させるラピスとアンナ。流石に私もこの短時間でそこまで折り合いをつけてくれるとは思っていなかったので驚いた。恐るべし、ヒロイン力(仮)。
「エリザベスお嬢様。信じても…、いいですか…?」
「…うん。だって私は、今までのあの子じゃないから。偉大なことは出来なくても、主人としてしっかりするって誓う」
「……ふふっ。わかりました!じゃあ、この不肖リリー、これから精一杯侍女として頑張ります‼なんなりとお申し付けください‼」
元気いっぱいな純粋無垢過ぎるリリーに、私は乾いた笑いを漏らす。
まだラピスとアンナの心の整理はついていなさそうなので、「二人の答えはあとで聞かせて」と言い、この場をひと段落させた。
「…あ、そういえば、一つだけお願いがあるんだよね。……ちなみに、命令じゃないし、我が儘でもない…はずだから」
私の口からお願いという言葉が出て固まってしまった三人にそう言い含めると、ほっとした顔で三人は聞く姿勢になってくれる。
「あのさ。エリザベスって、私の両親がつけた名前なんだよね?」
「え?は、はい。そう聞いています」
リリーが困惑顔で頷くと、「そっか」と続ける。
「じゃあ…。もしも三人が、私を信頼できる本当の主人として認めてくれたら、その証に…、リズって呼んでくれない?」
「え……、エリザベスお嬢様を、ですか?」
ラピスは怪訝そうな顔をしている。
まだ、私が両親への未練を断ち切れたことが消化できていないようだった。
「なんか、さ。自分を愛してくれない人達につけられた名前より、自分で自分につけた名前で呼ばれた方が嬉しいから」
これは紛れもない本心だった。愛のない赤の他人が、今の私から見た二人の評価だ。それよりも、自分自身が気に入った『リズ』という名前で——といっても愛称だが——呼んで欲しかった。
「…はい!かしこまりました、リズ様!」
にっこりとすぐにそう呼び直してくれたリリーはきっと、前世が天使なのだろうと思う。そうじゃないと説明がつかない善良性だ。
……そんなリリーには悪いが、一つだけ、本当に一つだけ、物申したいことがある。
「……ありがと。でも、リリー。一つだけ言ってもいい?」
「へ?」
間抜け面を晒しているリリーに、私は言う。
「普通にさ…?普通に考えて、今まで貴女を虐めていた主人を、こんなに簡単に許しちゃダメでしょ!いつか騙されるよ⁉お金取られたり、結婚詐欺されたりしちゃうよ⁉もっと、こう、ラピスとかアンナみたいに警戒しなきゃダメでしょーが‼貴女達を騙そうとしてるかもしれないのに、そんなほいほい絆されない‼わかった⁉」
「はっ、はいいぃぃぃいいっ‼」
こうして無事、金髪碧眼の麗しい美少女へと転生を遂げた私は、待望の義弟のため身支度を済ませることができたのだった。