36.ナムニョアルなフード達
「…」
何の合図もなく、師匠は右から、私は左からヤツを狙う。
「「〈〈茨の拘束〉〉‼」」
師匠と声が重なる。
同時に、詠唱も重なった。
【同時重複詠唱】。魔法の技術のうちの一つで、効果を高めることができる。
黒の刺客が捕まった、その一瞬の隙を突いて、身体強化を高速で【同時重複詠唱】で唱える。そして、《精霊の加護》を事前にかけられた、ラピス師匠が一から生成した特注武器を構え、息を合わせて切りかかった。
「はあッ!」
「ふッ」
…しかし、捕まっていて動けないはずの黒の刺客は、蔓の拘束などないように、ふらっと後ろに下がるだけで、私達の攻撃を躱して見せた。
「「⁉」」
透過魔法を唱えた様子もなかった。
だが、すぐにわかった。
「…フードが魔道具なのか!」
身を翻したときにチラッと見えた、フードに刻まれた魔法陣。
一見してわからないように巧妙に隠されている魔法の気配。だが確かにあれは、透過魔法のものだった。
「着用する人間も透過を…?」
ラピス師匠が眉間に皺を寄せる。
その時、ふらふらとしていて、でもなかなか部屋から出ず、窓枠から飛び降りもしなかった刺客が、頭から落ちるように、ドジって落ちてしまったかのように、真っ逆さまに落ちていった。
「あっコラ待てやー‼」
「…行きますよ。レオナード様の御身が危険です」
ラピス師匠はそう言うと、無表情に飛び降りた。
私も師匠に続こうと窓の下を見下ろしたところで、ふと気付く。
「…ッ!師匠!いません‼」
「……転移魔法ですか!」
ハッとした様子で言う師匠に、恐らくそうだと頷く。
転移魔法は上級魔法だ。そのため、魔力の残滓も多く残っている。よって、転移した場所を割り出すことも可能だ。だが、お父様達にこのことを説明し、再び作戦を練り直さなければ、出動を許してはもらえないだろう。
みすみすレオを連れ去られてしまったことに不甲斐なさを感じ、ぐっと唇を噛む。舌に血の味が触れた。
「リズお嬢様。一刻も早く行くのなら、こんなところで油を売っている場合ではありませんよ」
「……わかってる。行くよラピス。たぶんあっちも交戦状態だし、加勢しよう」
そうして私達は、再び戦闘へと繰り出した。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「……う……」
「おお!お目覚めになられたぞ!」
「ああ、貴方様をどれだけお待ちしていたことか……」
「「「「ナムニョアル、ナムニョアル……」」」」
ボクが目を覚ますと、そこには、不気味な光景が広がっていた。
中は黒色、外は赤色のフードをかぶり、首から鍵型の金色のネックレスを下げている集団が、まるで王に仕える騎士のように、整然と並んでいたのだ。奥にある大扉に続く道は綺麗にあけられたまま。
そして、「ナムニョアル」とかいう呪文をひたすら唱えている。
(…ハァ?)
不安そうな顔をキープしながら思う。
(コイツら、何様のつもり?気色悪い)
普段の天使モードのボクだけを知るリズ姉様や使用人達なら、ボクがこんなことを思っているだなんて知ったら、心底驚くだろう。そう思うような内容と、地を這うような声だった。
そんなことを考えているとは露ほども知らないフードの人間が、一人、歩み出てくる。
しかし、ボクが腰かけているのは玉座だ。当然のように、フードの人間の頭の位置が低くなった。
そして、どこのものか知らない礼のようなものをし、さらに低くしていた。
「…ここ…どこですか?」
泣きそうで、さも不安だというような声を出す。表情は、天使さながらに、しかし涙で潤ませるのも忘れずに。声色も表情も、完璧にコントロールしていた。
そうすると、「ああ、わが君、そう悲しまれないで下さい」と眉を下げた。どいつもこいつも、楽勝すぎる。だが、異様な雰囲気には変わらない。どんな目的で拉致されたかを確かめてからでなければ、この待遇を喜べない。
そう判断したボクは、続くフード人間の言葉を用心深く聞いた。
「ここの場所をお伝えすることはできません。ですが、ここは神聖なる教会。貴方様の教会でございますれば」
妙にへりくだった言い方だ。拉致した人間だというのに、どういう風の吹き回しか。それに、ボクは教会に従事したこともなければ、かかわったことすらない。…碌なことではなさそうだ。
(あーあ、姉様あたりが早く来てくれないかなー)
早くもこの状況が鬱陶しくなってきたボク。せめて暇つぶしにと、フード人間に話しかけてみる。
「教会……?ボク、教会といわれても、何のことか…」
「ああ…お教えしたいのは山々なのですが、それは貴方様が真の聖なる場所へ赴かれたときでないと、お教えできない決まりになっておるのです。何卒、ご容赦下さい」
慇懃無礼な態度。今のところ、何故かはわからないけれど、ボクに敵意はないらしい。
…だが、「真の聖なる場所へ赴かれたとき」と言った。
ぞわっと、全身の毛が粟だった。
(…じゃあ、ボクをこれからどこかに連れて行く…ってこと?)
なんだか途轍もなく嫌な予感がして、少しだけ唇が震えた。
「……ええと、それは、その…。ボク、これからどうなっちゃうんですか…?」
「貴方様はこれから、神となるのです。我々の、神に」
「………神?」
「ええ!」と、フード人間は舞い上がったような声をあげた。
「貴方様は、唯一無二のお人。あの方が愛された、たった一人の御仁なのです。だから、貴方様でなければならない!」
「あの…方……」
「心配はいりません。貴方様は正しく、幸福へと導かれるでしょう。そして我々も、さらなる幸福へと導かれるのです…‼」
表情は見えないのに、恍惚とした狂気が透けて見えるようだった。と同時に、ボクの勘が危険信号を出していた。
「…ボク…家に、帰れないんですか……?」
宗教関係者はどこに地雷ワードがあるかわからない。
そう思いつつ、丁寧に会話を運んでいく。
「家…。…いえ、還れますよ。在るべきところへ」
(やっぱりコイツら、ボクを帰す気微塵もない…)
にやりと不自然につり上がった笑顔が見えるようだった。
そして、ただただ黙って「ナムニョアル」と繰り返し続ける操り人形のような他の人間も、どこか、笑っているように感じられた。
(…なんで、こんな時に来ないんだよ。あんなにボクのこと大好きだって言っていたくせに。やっぱり…みんな、血の繋がった家族が可愛いのかな)
ボクの表情が少し変わった。
が、あいつならすぐに気付く変化を、誰よりも猛烈にボクを見ているはずのフード人間は、全く気付いていなかった。




