34.チートデイを邪魔する者は誰であろうと排除します
「「「おめでとうございます、リズお嬢様」」」
『りぃず、おめでとぉ~』
侍女三人衆の揃った声と、部屋でぷよぷよ寛いでいるぷよ丸の声。クラッカーのパーンと弾ける音に、リズはふにゃりと破顔した。
「三年間のリズお嬢様の頑張りが報われましたね‼」
「ええ。私も、烏滸がましくも師匠として誇らしく思っています!」
『りぃず、どりょくか~』
いつものように元気いっぱいなリリーと、今日はセンス抜群な侍女として綺麗に微笑んでいるラピス、そして、ぽよんっと跳ねて、今や定位置となったリズの膝の上に陣取るぷよ丸と…、顔の上半分に影を落としているアンナがいた。
「…かといって、コレはどうかと思いますが」
そう言うアンナの厳しい視線の先には、お菓子やジュースの山、山、山…。
「…ご説明していただいても?」
スタイルの管理も、料理人と協力して行っているアンナ。
そんな彼女に睨まれ、蛇に睨まれた蛙のようにリズとぷよ丸は竦み上がった。
「きょ、今日は無礼講かな~って。ほら、チートデイってやつ?」
「『チートデイってやつ?』…ではないのですよリズ様ぁ…?」
ゆらぁ…と背後に鬼が見えるほど怒れるアンナ。
しかし珍しく、「まあまあ」とラピスが宥めた。
「今日くらいはさすがにいいと思うわよ?」
「ラピス!あなたまで……。いったい誰が管理をしていると思って…」
アンナの視線が、ぷよ丸に吸い寄せられピタッと止まる。
『たべちゃ、だめ…?』
「もちろんぷよ丸様はOKです」
「アンナぁ⁉」
「リズ様は…」
「私は…?」
「食べ物飲み物合わせて五つまでなら許可します」
「……」
思い描いていたチートデイとはあまりにもかけ離れた惨状に、リズの魂は抜けかけた。
「…チートデイってね…チートデイってね…チートな日のことだと思うんだ……」
「り、リズ様が壊れちゃいました‼」
「大丈夫、あれで平常運転だから」
チートデイ。
思う存分、食べて飲んで歌って騒いで、そしてやっとぐっすり眠るまでがそうだと思うのだ。
それが、五つまで?しかも合計?公爵家の中だから歌って騒いだりしたら雷が落ちるだろうし、完全に詰んでいる。
「ねぇ~お願いだよ~アンナぁ~」
「だめです」
「どうしても?」
「だめです」
「…だめ?」
「……はぁー……」
長い長い溜息の後、アンナは困り顔で言った。
「…今日だけですよ」
その瞬間、三人と一匹のハイタッチの音がパチンと響いた。
「やったぁー‼今日は完全チートデイだーっ‼みんなも今日はチートデイね!一緒にお菓子食べよ~」
「リズ様……主人と従者が同じテーブルにつくのは……」
「だめ、なんでしょ?でも今日は無礼講。それにここはレイナー家。他と比べても割と自由な家になったんだし、今日くらい」
キラキラと瞳を輝かせる三人を前に、アンナがこめかみを押さえる。
「ああ…もう!本当に今日だけですからね‼」
「「「『はーい‼』」」」
「よーし!今日は騒ぐぞー‼皆の者ー‼お菓子を開けろー‼」
『いえっさ~!』
「よし、リリーはあっちからお願いね!」
「わかりました!」
「ハァ…………」
片っ端からお菓子の包装を解いてテーブルに広げる。
ジュースや飲み物も、人数分のコップを用意して注ぐ。最初は乾杯のためにシャンパンにした。
「じゃあみんな、シャンパン持ったね⁉では――乾杯!」
「「「『乾杯‼』」」」
「…くうーっ!開けたばっかりだから炭酸がくる…!」
『しゅわぁ…』
「ああっ!天使‼」
素早くスチャッとカメラを構えると、ぷよ丸を迷いなく盗撮する。シャンパンとぷよ丸というベストショットを撮影するなという方が酷なのである。
「あっ!す、すみませんぷよ丸様――!」
リリーの手から、プリン・ア・ラ・モードのさくらんぼがつるっと滑り落ちる。
そしてそれがぷよ丸の頭にぷるんっと乗った。
「ほわあああああああああ‼神‼昇給決定‼」
「そこまで許した覚えはありません‼」
チョップされながらもぷよ丸を撮り続けるリズの姿に、ラピスとリリーは遠い目をしていた。
「…それにしても、このお菓子、しょっぱくてとても美味しいですね」
「!そ、そうでしょそうでしょ⁉」
散々チョップされた箇所を手で押さえながら起き上がるリズ。
「それはね、”ポテトチップス”っていうんだよ」
「確か、リズ様が開発されたものでしたよね?」
「うん!王妃殿下のレシピにも載っていなかったし、同じものもないと思うけど…」
「パリパリしていて美味しいです…‼」
リリーの言葉にウンウンと頷く侍女二人。
それに同意するように、リズ自身もうんと深く頷いた。
「やっぱり、チートデイにはポテトがないとかなって思って」
「それに、この…”コーラ”も。とても合いますね!」
「でしょ~⁉ポテチとコーラは最強なんだから!」
えっへんと胸を張る主人を横目に、侍女達とぷよ丸は黙々と食べ進めていた。ワイワイするはずの空間が咀嚼音とリズの声だけになっているのは、そのせいだ。
「もー、みんなそんなにがっつかなくても。まだまだたくさんあるんだから~」
「それでも、です!」
「これは大発明なんですからね?」
「ふふ、はいはい~」
リズがくすぐったいような気持ちになっていると、不意にあることを思い出した。
「あっ、そういえば、それカロリー高いよ」
その瞬間、全員の手がピシッと止まった。なぜかぷよ丸も一緒に。
「…えっ?か、かろりー…高い?」
「だってそれ、揚げ物だし。油がっつり使ってるし」
「……結構、もう既に食べてしまいましたが…」
「うん。ご愁傷様」
「「「『……』」」」
美容や肌を大事にしているオシャレ番長・ラピス師匠が、スッと懐からナイフを取り出す。ラピスラズリ色の瞳には、ハイライトはなかった。
「師匠⁉」
「リズ様、それ…なぜ先に言ってくれなかったのですか…ッ」
「あー、いや、ごめんなさい…。普通にその、忘れていまして」
てへぺろ☆と舌を出すと、舌すれすれをナイフが通った。
遅れてヒュっという音が届く。
「ひいっ⁉」
「…次やったら、容赦しません♡」
「ごめんなさい‼」
正座して直ったリズを見て、ようやくラピスは凶器を懐にしまい込む。危ないところだった。
そんな感じでわちゃわちゃとチートデイを満喫していたとき、いきなり、バン‼と扉が開け放たれた。
「邪魔するな」という視線を四方八方から向けられた執事・オリヴァーは一瞬怯んだが、それどころではないのか早口で告げた。
「坊ちゃんが……、リュカ坊ちゃんが襲撃されました‼」
突然のことに、部屋の中に衝撃が走った。