32.母の雷は万国共通でいつも怖い
「……、…」
…薄っすらと、意識が浮上する。
自分好みにリメイクした、清潔感溢れる質素な部屋が目に入る。
水色がかった白色のカーテン、その色に合わせた壁紙、そして大人っぽい雰囲気の緑色の毛布。
テーブルも椅子もソファも、シンプルかつ上質な出来だ。
幾分目に優しくなった部屋に、寝起き早々、二度寝しようかと考えた。
「…あれ…私、いつの間に寝て……」
そこまで寝ぼけ眼で言ってから、思い出す。
「あー、…オーク・ジェネラルと戦って、力尽きたから…」
ちらり、と、木に叩きつけられ酷い損傷を負った体を見下ろす。
しかし、そこには包帯も何もなく、傷一つ見当たらなかった。きっと誰かが治癒してくれたのだろう。
ベッドをごろごろと転がりながら、闘いを思い出す。
初めて経験した、本気の命のやり取り。
普段は向けられないようなはっきりとした敵意と殺意、そして、リアルな傷の痛みを体験した。
「それにしても…。…もしかしなくても、回復魔法が未熟って、かなりヤバいのでは…?」
むぅ、と唸る。
回復魔法が苦手な身としては困る話だが、当然だ。
パーティではなく個人でやっているので、回復役、所謂「ヒーラー」が居ない。
なら自分でやれというだけの話。
(でもなぁ~…な~んか、イメージが掴めないんだよなぁ~……)
両手を開いたり閉じたりと、ぐーぱーしてみる。
(現代の理科の授業習ってるし、人よりも楽かなぁ、って思ってたのに…)
異世界転生あるある。
現代人の素人知識でも、回復魔法チート級になる。
……まあ虚しくも、そんなあるあるは適用外らしいが。
(ま、まあ?これから極めるから全然問題無いんだけどね!)
そうと決まれば。
私は早速ベッドから飛び起き、いつもの服(特注戦闘服)に身を包むと、ラピス教官を探しに繰り出した。私の部屋を見張っていた衛兵がぎょっとしているが、しーっというジェスチャーをすると、頬を緩めて頷いてくれた。話の分かる人は好きだ。
(さて、と……)
今一番見つかりたくないのは、お母様、お父様、そしてレオ、この三人だ。次点でアンナにも見つかりたくない。なぜかって?お説教コースまっしぐら間違い無しだからだ。
私の頭の中に、嫌な想像が膨らむ。
(また、ぺこぺこ大作戦のときみたいに、何十分も頭を下げさせられたら……)
思わず、両腕を摩った。
(それか、正座を何時間も……?)
ああ、視える。
怒り心頭で私を見下ろすお母様の姿が…。
(イヤ――ッ‼どっちにしてもダメだ!やっぱり、最速で師匠を見つけるしかない‼)
ふんす、と気合を入れ、止めていた足を動かす。
(そうだ!なんなら、隠密を使えば——)
「〈〈隠密〉〉――」
「…リ~ズ~……???」
「ひいぃっ⁉」
バッと後ろを振り返ると、そこには…
「…お、おおおおおお、おかあ、さま……」
氷のような表情を更に凍てつかせた、お母様…、否、魔王様がいた。
「……ベッドに戻りなさい。話はそれからです」
「あ……、い、いえ、デスガ…」
お母様の両脇に控える、お父様とレオを見る。
お父様は仏のような顔で微動だにせず、レオは私を憐れみの瞳で見ていた。
「……」
「返事は?」
最早、三人の後ろに控える私の侍女達へヘルプを送るのも間に合わない。
オーク・ジェネラルの時よりも、絶体絶命なシチュエーションだった。
「………ハイ」
それから私は、無事、部屋に連れ戻され、ベッドに寝かされた。
戦闘服については、呆れられただけで済んだ。
お母様もお父様も、頭痛がするというようにこめかみを押さえており、レオに至っては、ぱっちりおめめをうるうると潤ませていた。レオを泣かせたという罪悪感で、私まで泣きそうだった。
ということで、絶賛、重苦しい雰囲気が漂い中である。
「…あ、あの、お母様…」
一番狼狽しているお母様に声をかけると、溜息が返って来た。
「……リズ。万が一の可能性を、考えたの?」
「万が、一……」
万が一、私が死ぬ可能性。
考えなかったわけではないけれど、ラピス教官が付いていたし、何より私にとっては然程重要事項ではなかった。寧ろ今は、将来のために研鑽を積んでおくべきだとまで考えている。
ただ、そういう問題ではないのだろうことは、何となく分かっていた。
「あなたが力を付けるというメリットと、あなたがいなくなって起こるデメリット、それをちゃんと考えたの…?そもそもなぜ、貴族令嬢のあなたが、自ら力を付けなければいけないの?」
「……」
「私達にとっては、命よりも大切な我が子なの…」
ぎゅ、と抱き締められる。
ずっと昔に味わったことのある、母の抱擁だった。温かくて、どうしようもなく安心した。
「…お願いだから、もうやめて。騎士様という専門職の方がいるでしょう?私達には影も付いている。だから……」
お母様の言葉が消え入ると、再び沈黙が部屋を支配した。
(…もっと、『今まで民に支えられて生きて来たのだから、貴族令嬢としての責務を果たせるように』とか、『傷が残ったらどうするの』とか、言われるのかと思ってた……)
未だお母様は、縋りつくように私を抱き締めている。
貴族令嬢としてじゃなく、娘として、お母様は私を窘めていることを知った。
「……私も、お母様達のことが、命より大切です」
「……なら、分かってくれるでしょう?リズ」
「はい。だから、完全に他人には任せることはできません」
お母様の抱き締める力が、より一層強くなる。
「ごめんなさいお母様。私に、このまま鍛錬を積む許可を下さい」
ストレートに、ハッキリと言った。
それからお母様は、静かに泣きまくった。
お父様も、涙を静かに流しながら、悲嘆に暮れる妻の肩を抱いている。
泣かせたのは私なのに、そんな二人を見ているのは、とても辛かった。
それから、どれくらい経ったろう。
お母様もお父様も、泣き疲れたようだった。
レオは項垂れたまま、一言も発しない。
「…リズ」
「はい」
私を見てどう思ったのか、夫婦は顔を見合わせて、呆れたように微笑み合う。
そして、私を真正面に捉えて言った。
「許可します。リズ、あなたの好きなようにやりなさい」
「‼」
「但し、元気な顔を見せなさい。最低限の親孝行です」
「ああ。それで私も妻も、納得できる」
元気な顔……か。
「はい…!勿論です、お母様、お父様!約束したからには一生護り抜きます‼」
「私達に似て、愛が重い子ね…」
「ああ、全くだ」
私達は笑い合った。
俯いていたレオも、いつもの調子で「姉様、心配したんだよ…!」と抱きついてくる。お母様もお父様も、私にもう一度抱きついてきて……。私には勿体ないくらいの光景だった。
その後、ラピス教官やアンナ、リリーにまでみっちりと絞られたのは、余談である。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
ずるい……
狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い‼‼‼
なぜアイツは愛される?
やはりちゃんとした子供だからか?
ちゃんとした自分の子だからか?
いつまで経っても妬みは消えない。
奪おうと思っても奪えない。
前もそうだった。
奪えないほどの絆があるのは血のせいか?
……分からない。
分からないからこそ、今日もいつものように生きる。
いつか下剋上を果たす、その時まで。
憎き…、憎きエリザベス・レイナーの人物画をナイフで切り裂く。
可憐さと美しさが同居するその顔を、ズタズタに切り裂いて、脳天から股下までを真っ二つにして、ようやく手が止まった。
「……ボクなら許してくれるよね?姉様」
レオナードはそう言って、にっこりと、あどけなくも狂気的な笑みを浮かべた。
お待たせしました…!
やっと次回から新章開幕!そしてついているタグっぽくなってきます‼
タグ詐欺にならないようにしますので乞うご期待ください…!(ハードルは上げ過ぎずお待ち下さい)




