31.オークの里の襲撃②
オーク・ジェネラル。
魔防が高く、デカい分ナイフでも致命傷を与えづらい、厄介な敵。
ナイフを構える。
オーク・ジェネラルの弱点は、小回りが利かないところだ。
が、俊敏なので、倒すにはそれ相応のスピードや対応力が求められる。
といっても、はじまりの平原のボス的存在なコイツに、みすみす殺されてやるわけにはいかないのだ。
「……確実に殺す」
その呟きの直後、私は走り出した。
「〈〈身体強化〉〉」
ぐん、と速度が上がる。まんま少女のような鈍い走りが、陸上選手のような走りになる。
身体強化は、術者の元々の身体能力の高さに依存する。そのまま+200される、と考えれば分かり易いだろう。
私は、オーク・ジェネラルのまわりを円を描くように駆けていく。
得物がナイフなのだから、暗殺者系としては失格の速さだが、それよりも小回りが利かないオーク・ジェネラルを相手するには十分だ。
「ふッ!はッッ‼」
不意に接近し、攪乱しながらダメージを与えていく。
しかし、速度に極振りしたと言っても過言ではない今の私の筋力では、掠り傷にしかならない。
「ウゴオォォオオオオオッ‼」
ドオーン‼と、私の鼻先を掠って棍棒が振り下ろされる。
一瞬硬直したが、すぐに棍棒を駆けのぼった。
目指すは首と頭。急所だ。
「ガァァアアアアァァァッ‼‼」
登られて苛立っているのか、棍棒をぶんと振り回す。
しかしその時にはもう、私は肘らへんに到達していた。
「ガァァアッ、ゴオオォォォオオオオォォオッ」
「…怒ってんねぇ…っ」
振り落とされそうになりながらなんとか肩口に到着する。
が、大きく体を揺らされる。
「うおあっ⁉」
体勢が一瞬崩れる。
落ちる――と思ったが、咄嗟にナイフを突き刺し、落下を免れた。
はぁ、はぁ、と段々息があがってくる。
体力もそこまでない、つまり短期決戦が求められる。
が、このデカブツを切り裂けるほどの筋力もない。
なら――
「《猛毒生成》‼」
ナイフの先から、オーク・ジェネラルの身体の中へ、直接猛毒を送り込む。
ちなみにこの猛毒生成、上級魔法なので消費魔力がバカにならない。
気持ちが逸る。ダメだと分かっていても焦る。そして私は、勢いのまま、焦りのまま、致死量の毒を送り込んだ。
――いや、送りこもうとした。
一瞬にして、見ている景色が変わる。
一気にオーク・ジェネラルが遠くに行ったように感じた。
その代わり、頭がガンガンして、息の吸い方が分からなくなった。
そして、首や頭には、無骨なものが当たっている感覚がする。
木に叩きつけられたのだ、と理解したのは、それから数秒後のことだった。
「があ……っ、ごぶ…っ」
何も考えられなかった。
多分、ここまで深刻な傷を、痛みを負うのは初めてだから。
普通、人間は、こんな衝撃に耐えられない。気絶するのが関の山だ。
なのに、私の意識も身体も耐えている。きっと身体強化の恩恵と、このファンタジー世界に生まれる人の身体の強靭さ故だ。
「がふっ!ひゅー…っごほっごほっ」
息をなんとか吸ったのに、咳が出てきてまた吐き出してしまう。
しかしそのおかげで、僅かに酸素が頭に入った。
「癒しの光源…っ」
初級の回復魔法を使う。
実は回復魔法全般が苦手だと発覚した私だが、せめてもと初級魔法を発動した。
掠り傷が塞がる。深刻な傷は、ほんの少しだけ癒された。
あとは、気力で動くしかない。
敵を見据えると、オーク・ジェネラルはその場に片膝をついていた。だから追いかけて来られなかったのだと納得する。恐らく、猛毒が効いて、動きが緩慢になっているのだ。
ここしかない。
「〈〈魔糸の計〉〉‼」
声を、魔力を振り絞る。
その瞬間、糸がオーク・ジェネラルの身体を絡めとった。
魔力を糧にしている糸は、頑丈かつ粘着性がある。一時的に捕らえるにはもってこいだ。
「…一気に…決める…!」
もう限界だと思うほど速く駆ける。
馬鹿正直に真正面から向かい、ようやく手前でぐるんと方向転換をし、背後に回り込む。
「〈跳躍〉‼」
足場になりそうなものは全て踏み台にして、頭頂部まで上る。
オーク・ジェネラルの棍棒が迫るより先に、私の全魔力を犠牲に、上級魔法を発動した。
「《覇王の斬撃》‼」
迫る棍棒ごと、オーク・ジェネラルの頭を横一閃、真っ二つにする。
空中の中で見たのは、オーク・ジェネラルの巨体が、力尽きたように倒れる姿だった。
それを見て、張り詰めていた緊張の糸が、ふっと緩む。
「…〈静寂の揺籠〉…」
落下速度低下の魔法を自身にかけたのを最後に、私の意識は、深いところへと沈んでいった。




