30.オークの里の襲撃①
弾かれたように走り出す。低い姿勢でオーク達目掛け接近する。
そして、迷わず急所の頭を狙う。
「〈〈雷撃の矢〉〉‼」
前衛二十体の頭部を狙った矢の命中率はほどほどだ。
二十体中、倒れたのは僅か六体で、麻痺で戦闘不能になったのは四体。
これでも走りながらなので上々だが、リズは、ラピスの華麗なる全員抜きを目にしてしまっていたので物足りない。
「〈〈氷結の矢〉〉」
配置換えをされる前にと、走り続けながら、残る前衛十四体に狙いを定め矢を放つ。
ヒュンヒュンヒュン、と小気味いい音がした。
麻痺状態の四体は、見事頭部を貫かれ消滅。
残りの十体のうち、八体はどこかしらに矢が当たって凍り付き、瞬く間に絶命した。
巨体が倒れるごとに、ドオン、ドスンという音と地面の揺れがリズへ伝わった。
(前衛はほぼ殺ったけど…)
前衛が後退したことにより、リズも走るスピードを上げ追いかける。
リズの目線の先には、オーク後衛部隊…、いや“精鋭部隊”が居た。
先程までのような、上半身裸の奴らではない。
ぽっこりお腹は変わらないが、胸当てなど何らかを装備しているし、弓使いや魔法使いもリズを待ち構えている。
(大体…、四十体くらい、かっ)
リズは一斉に放たれた電撃砲を軽い身のこなしで見切り躱す。
ひょい、ひょいっと避けられることに腹が立ったのか、弓使いも参戦してきた。
リズの周りには、炎・風・雷・水・氷と、多種多様な魔力弾と、それらを纏った弓矢が躍る。
(わっ、とと…!くーっ、容赦がなーい‼)
ラピス相手に散々回避の練習を積んでいるリズも、数の暴力を目の当たりにして若干引いた。
しかし、レベルアップ後のポイント割り振りの際、速度にこれでもかというほど振り込むリズが、オークの攻撃如き、見きれないはずがなかった。
よって、まだまだ無駄の多い動きではありながらも、リズは着実に攻撃を躱していけていた。
「そろそろ反撃に転じないと…っ」
引き続き飛んでくる攻撃を前に、リズは急ブレーキをかけ真正面に捉える。
右手を前に突き出し、左手を右腕に添える。
力を、魔力を集中させるイメージを作り出す。
(成功すれば、一発逆転のチャンス…そして、私の最大の武器になる…‼)
…ドクドクドクドクドクドクドクドクと煩い心音を宥め、特にあまり効果のない深呼吸を繰り返す。
失敗すれば師匠が駆けつけてくれるだろうが、生存本能が“これはマズい”と警告を出している。
そして次の瞬間、目の前に迫る、他のよりも一回り大きい風砲弾に、私は触れた。
「《反射》‼」
豪速で迫って来ていた魔法が、一瞬停止したように見えた。
それから一拍して時間間隔が戻ってくると――、風砲弾が跳ね返り、敵を蹴散らしていた。
私を襲う弓矢や魔法を、全て巻き込みながら。
「……‼」
(…信じられない威力の魔法だ)
真面目に魔法を教わってきたからこそ分かる。この威力はバカみたいに大きい。
私が使った魔法《反射》は、上級魔法。
私も覚えたての魔法で、習得が難しい上に、発動条件もシビアな、ハイリスク・ハイリターンな魔法だ。
反射させたい魔法に触れて発動させることで、倍の威力で相手に返せる、カウンターのような魔法。
ただし、失敗したときの代償が大きすぎて、誰も使いたがらない…らしい。
確かに、初挑戦した私でも、近くにラピス教官がいなければ使う勇気が出なかったかもしれない。
……ただ、これを使いこなせたら、相当愉しいことになる気がして、ゾクゾクが止まらない。
ついでににやけも止まらなくて、オークが次々と消滅していく様を恍惚とした表情で眺めることになった。
(…あ、そういえば、オークが肉厚だからって、ついつい魔法ばっかり使っちゃってたな…。くそう、肉厚オークめ…私があとでラピス教官に叱られるじゃんかぁ…)
くぅ…と思いつつ、私は収集袋を広げた。
魔物は消し飛んだが、ドロップアイテムは消し飛ばず、ただそれぞれの場所に鎮座している。
辺りは一掃され、もうオークの影が見えなくなったのを視認してから、やっと私は拾い始めた。
戦利品は、オークの爪や牙、肉に腰巻、皮など、実に様々だ。
まあまあな数を撃破したこともありウハウハである。
それらを、収集袋もとい『アイテムバッグ』の中に放り込んでいく。
ちなみに『アイテムバッグ』とは、許容量までなら何でもアイテムを収納できるという優れものだ。ファンタジーでよくあるマジックバッグみたいなものである。
また、持ち運びの際も、どれだけ入れようと重さは変わらないため楽ちんだ。
(それにしても、マジでゲームじゃん…!オークのドロップアイテムコンプするまで狩ろうかな?展示用と売却用、加工用に分けたり…。何なら武器作っちゃったりして!)
ラピス教官のことも忘れ、アイテム集めに没頭する。
ぐへへへ、と涎を垂らして腑抜けた笑顔を浮かべるくらいには浮かれていた。
その時、しゃがんでいる私に、大きな影が被さった。
「?」
不思議に思い振り返ると、人間のものではない、丸太のような太さの足が目に入った。
その皮膚は、そう、まるで、先程倒したオークのような――。
「えっ?お、オーク……?」
どぎり、と強い鼓動が胸を打つ。
と同時に、振り下ろされた棍棒を、転がることによって間一髪回避した。
「オークは一掃した筈じゃ…!」
改めて襲って来た個体を見る。
そのオークは、普通の個体の十倍ほどもある巨体をしていた。
高い木と同じくらいの背丈で、お腹は相変わらずぽっこりと出ているものの、王だと主張するように、首から頭蓋骨のネックレスを下げていた。
(こいつは――)
出発前に聞いた、若干無機質なラピス師匠の声が、脳内に響く。
『良いですか、リズ様。オークは分厚い脂肪を持っています。そのため、こちら側は致命傷たり得る鋭い攻撃を与えなければいけません』
『鋭い攻撃?なら、オークに魔法を打ち込めば…』
『…並のオークならば、それで倒せます。ですが稀に、魔防が異常に高く、また、十数倍もの大きさの個体が発見されます。その異常種の名は――』
『――オーク・ジェネラル』




