29.暗殺者リズ(オーク目線)
ザシュッ
粗末な腰巻と、露出した緑色の肌。
耳や目は明らかに人外であることを物語っている。
そんな彼らのことを私達は「ゴブリン」と呼び、同時にモンスターと呼んだ。
ゴブリンとゼロ距離まで近づき腹に左手に持つナイフをぶっ刺してやると、暴れていたので右手のナイフで両腕を切断した。
優先順位は勿論、棍棒という武器を持つ利き手の方から。
痛いのかゴブリンが叫ぶ。でも、
(先に襲い掛かって来たのはそっちなんだから我慢してよ)
と真面に相手にせず、ナイフを抜き次に向かう。
コイツはもう戦闘不能だろう。ああほら、塵になって消えかかってる。
次のゴブは手作りの木の斧を装備している。
重そうだし作りが粗末だしで、打撃ぐらいしか与えられないだろう可哀想な斧だ。
思った通り、ゴブが思いっきり重い斧を振りかぶる。
(きた)
脇のあたりを通り過ぎ、すぐ身を翻して、背後から、首目掛けて右のナイフをぶっ刺す。
そのまま地面に倒すと、右足で踏んでナイフを抜いた。
すると、私に影が落ちる。
三体、背後から一斉に私を叩くつもりらしい。
私はフフ、と不敵に微笑んだ。
「〈〈茨の拘束〉〉」
私の足元から発生した茨の蔓が瞬く間にゴブリン三体を捕獲する。
仕上げに
ザシュッ
…と、私が全員の喉元を掻っ切ってやれば、毒状態と相まってすぐに絶命した。
ノックダウン完了だった。
「ふふ……ふふふふふふ‼どう⁉どうですか教官‼」
グルンッと振り向き忍も顔負けの神速でラピス教官ににじり寄ると、キラッキラに輝いた顔面を鷲掴みされた。ひほい(ひどい)。ひはひ(いたい)。
「低級モンスターなので通用しましたが、かなり危ない立ち回りです。最後は油断が透けて見えました」
「はひ…」
ぎゅうう、と理不尽な力の強さで痛めつけられる私の顔面。ああ…折角の綺麗な顔が…。
「…それで、レベルの方はどうですか」
手から解放された私は、顔をぺたぺた触りながら答える。
「まだレベル9です。…レベリングって、こんなに進まないもんなんですねぇ」
「やはり低級過ぎますね。では違うモンスターを仕留めましょう」
「お‼遂にですか⁉」
ラピス教官が『ついて来い』と言わんばかりに歩き出すので、満面の笑みを浮かべてついて行きつつ捲し立てる。
「モンスターといえば、コボルト?オーク?それとももうちょっとワクワクするところで言えば動物系の魔物とか?殺人兎はちょっとレベル高いですかね?なら、イノシシ系…例えばファイア・ボアとか…。あ!そういえば木の魔物も居るんですよね⁉なんでしたっけ…え~っと」
不気味な、人面のあの木だ。人面…人面…。
ぐぬぬぬ……となかなか思い出せない記憶と戦っていると、不意に鼻の頭をぶつけた。
どうやら、既に止まっていたらしいラピス教官の背中にぶつかったみたいだ。
イテテテ……と鼻の頭を摩りながら、ひょこっと教官の肩から顔を出してみる。
教官の視線の先には、…なんと、オークの里があった。しかもかなり大規模な奴だ。
「殺りますか⁉」
「…一応彼らの暮らしを目の当たりにしているのですが…。心の傷にはならなそうですね」
確かに、そう言われてみればそうだ。
オークの里は、藁で作った原始的な家が集まっており、少し先には川もあった。
文明的には人類と比べるまでもないが、確かに、肉を焼いていたり、子供がいたり、服のようなナニカを作っていたりしていて、生活感はあった。
「レベリングした過ぎて見えてませんでした。止めておきますか?」
「罪悪感があるなら、そもそもここへあなたを連れて来ていません」
「確かに」
大きい丘からオークの里を見下ろしている私達に、慈悲の二文字はなかった。
眼下に今も尚広がる平和な風景。
だが生憎、私には大切な人以外に割くリソースは存在していない。
「じゃあ行ってきます!いざ、レベリングへ‼」
その声と同時に、木の陰に隠れつつ全速力で里へ走り始めた。
ビュンビュンと風の切れる音がして爽快だ。
溜まっていた、能力値に割り振れるポイントの半分をAGIに費やした甲斐があった。
ちなみに他半分はAVE、つまり力に振った。
流石に非力なお嬢さんじゃあ、首を掻っ切ることも、細い肉も、なんも斬れないからね。
(…私今、最高に冒険者だ…‼)
ゾクゾクする。鳥肌が立っているし震える。
アドレナリンがどばどば出てるような感じがするし目もギンギンだ。
最高のコンディション、今なら攻撃も見切れる気がする。
草木の匂いがする。どんどん、五感が鋭敏になっていく。
(ざっと五十体ぐらいだった…)
藁製の家に張り付き耳を澄ませる。
(…全部倒せばどれぐらいになるんだろ)
こちらに近付いてくる足音が聴こえる。
まだ私も油断できるほど強くないし寧ろ弱いから、一匹ずつ、確実に殺る。
(ドロップアイテムもなかなかいい額になるって話だし…。オークのレアドロップって何だろうな…)
円形の家の造りから、もうすぐ相手の視界に私が入る。
ゴブリンのような細ガリじゃなく、豚のように張りのあるでっぷり具合だったから、年相応に小柄な私では拘束しきれないだろう。
そう思っているうちに――、来たッ!
「…〈〈茨の拘束〉〉」
声も上げることができず、オークが白目を剥いて拘束されている隙に、スっと懐に潜り込み、軽く腹に手を添える。
「〈〈風砲弾〉〉」
「――ッ、‼」
オークの厚い肉に、綺麗な風穴が開く。致命傷だ。
それと同じことを、家や場所を変えつつ迅速に行っていく。
移動の際は身体強化と隠密を重ね掛けした。
標的を見つけ、口を塞ぎ、風砲弾で一発。
そんなことを繰り返していると、当然、不審に思われるわけで。
(騒がしくなってきたな)
どいつがいなくなった、とか騒いでいる気がした。
コソコソやるのも限界らしい。
(…やっと、大立ち回りできる)
実は、コソコソ立ち回るのも賢い手だと分かっているのだが、どうしても派手に殺り合ってみたかったのだ。大人数vs私で。
私は、腰につけたナイフホルダーから、二つのナイフを引き抜き、構える。
ぎらり、と舌なめずりをするようにナイフが光った。




