03.侍女三人衆、襲来
「失礼致します」
その声と共に入室してきたのは、まだ年若い侍女さん達三人だ。一人を先頭に、残りの二人はその一人の背後に控えている。
みんな、今から折檻されるような絶望に染まった酷い顔をしていて、思わずこちらが後退ってしまいそうになった。
でも、そこは(表向き)公爵令嬢。
踏ん張って耐え、「ど、どうしたの~…?」と猫撫で声で問いかける。
「…は、はい。…つい先程、義弟様が到着されました…っ」
「ん?…えっ、義弟⁉今、義弟って言った⁉」
「ひッ…⁉す、すみません、やはりお気に召しませんでしたでしょうか…っ⁉」
被り切れていなかった猫を早々に剥ぎ取ったが、どうやらインパクトが強過ぎたらしい。余計に怯えさせてしまった。
あちゃー、と思うが、今は彼女達の対応に手をこまねいている場合ではない。申し訳ないけど。後で待遇を絶対改善するとの意思のもと、非情なことを覚悟で口を開く。
「ううん、すっごい嬉しい。ただね、本当に本当に、いくら謝っても足りないと思うんだけどね……」
「「「は、はいぃ……?」」」
怯えの中に少しの疑問が混ざった声を前に、私は顔を俯ける。
「…今すぐ、この縦ロールを…解いて欲しい。切実に。あと、この大人っぽ過ぎるドレスも。なるべく溌剌としたイメージを出して欲しいんだ。ごめんね、本当にごめん…。急ぎなのに。でも、甘えだって分かってるんだけど……、その、貴女達は仕事すっごく早くて、前の私の我が儘で同じようなシチュエーションだったときにも、やっぱり五分で終わっていたし……。ごめんっ!でも一生のお願い!身支度整えて‼」
ぴえーっと半泣き状態で懇願する私を、侍女三人が信じられないものを見る目で見てくる。
やめて、その目何気に辛いから。少なくとも、こんなに我が儘な少女ではない、ごくごく一般的な少女だったから…。
ちなみに私のビジュアルについてだが、これまた悪役令嬢を彷彿とさせるものだった。
金髪縦ロールに深い青の瞳、そして大人っぽい美しさなのに悪役令嬢っぽいからか邪悪な気配を感じる赤と黒のドレス。少しきつめの目元は、まだ弱冠九歳なのでそれほどでもない。
そんなちょっと目元きつめ美少女の懇願だったが、侍女は視線を右往左往させるとこう言った。
「…は、はい。お召し物を変える時間なら、既に頂いておりますので、心配なさらずとも…」
「えっ?そうなの?」
「はい…。ずっと貴方様は寝たきりでしたので、お召し物は変える手筈となっておりますよ」
困惑気味な三人プラス一人。『困った』という言葉が空気内に散らばっているかのような戸惑いの空気が肌で感じられた。
「そ、その…っ。や、やはり、まだ具合が宜しくないのでは…?先程まで、寝たきり、でしたし……っ」
泣き出しそうな、それでも心配そうな様子の侍女。
確かあの子は、先程先頭を任されていた子だったはず。私は、この子にとっては虐めっ子同然だろうに。自分を虐めた相手にすら心配する様子は、何故かヒロインを彷彿とさせる。
(あれ?そういえばヒロインって誰なんだろ?)
こーらぶ攻略対象のことはたくさん語ってくれた親友だが、残念ながらヒロインのことまでは教えて貰っていなかった。
悪役令嬢打開対策みたいなのをやるつもりは毛頭ないので関係ないけれど、もしかするとこの侍女がヒロインという線も……。
(いやぁ……、まあ、流石に無いか!公爵令嬢の侍女がヒロインなんて作品、聞いたこともやったこともないしね。…ん?いや、ある…ま、まあ気のせいだよね)
顔が美少女なのも、こんなに健気なのも、きっと…、そう、きっと運営が匙加減を間違っただけなはず。……多分。
「では…、その。始めさせて頂きます!」
「うん!よろしくね~」
侍女三人がフンスッと気合を入れ、私の身支度を整えていく。
少女のクローゼットには、見事なほど悪役令嬢然としたドレスばかりが並んでいたが、私に全く以て興味がないと有名なお父様からの(形だけの)誕生日プレゼントが唯一の救いだった。
何故かって?そのプレゼントが、普段の私とは真逆の、清楚感溢れる美しいデザインのドレスだったからだ。
私は半ズボンかキュロットスカートでいることが多かったので違和感満載だったが、毒々しい見た目で義弟に会わずに済んでとても喜んだ。
「お嬢様、や、やはり休まれた方が…」とまたヒロインちゃん(仮)に言われてしまったことだけが不服だったが。
また、髪型は普段の縦ロールではなく、ハーフアップにして貰った。
黙っていると、縦ロールと雰囲気の近い『悪役令嬢ですわ!』的な髪型にされたので、自分から指示を出したのだ。
何気に自分からやってもらう髪型を所望することなんてなかったので初めて記念日だなーと思ったりもした。
「……あの、お嬢様」
不意に、ヒロイン侍女に声をかけられたので、縦鏡に映る彼女の目を見ながら恰好を崩す。
「ん?」
「ええと、その…。差し出がましい、のですが…」
「うん…?」
顔を青くしながら一生懸命言葉を紡ぐ彼女に、出来るだけ優しいトーンで受け答えする。
「……ここは、お嬢様のお部屋の中です」
「…そうだね?」
何が言いたいのか分からず、小動物のように可愛らしく縮こまる彼女にあたたかい気持ちになっていると、彼女の蕾のような唇から、思わぬ一言が発された。