25.戦闘系令嬢への道のり
「ん~っ!やっぱ運動したあとのキンキンに冷えた麦茶はサイッコー‼」
透明なグラスに綺麗な琥珀色の飲み物を注いで貰い、贅沢ながら氷も二、三個投入したリズは、つーっと喉を通る冷たい感覚をしっかり味わう。
アンナの勧めでしばし休憩をとることになったリズだが、こうして一度ゆったりと休憩を挟んでしまうと、なかなかあの地獄に戻りたくなくなってしまう。
しかし初日がアレだけでは笑えない。
だって、脆弱とはいえ、腕立て伏せ二十七回でへばったのだから。本気でレオを守るためには、生物学上、どうしても出る筋力の差を超えるような鍛錬を積まなければならないのに、本当に笑えない。
「……やっぱり、あんまり運動は得意じゃないな」
とはいえ、それとこれは別。やるとしても、嫌なものは嫌なのである。
ぐったりとしたリズの姿を見て、侍女三人が顔を見合わせた。
例に漏れず、リズが滅茶苦茶なアウトドア派だと勘違いしていた三人は、『止めた方が…』『でも、リズ様がレオナード様のために頑張ってるわけですし…』とアイコンタクトで語り合う。
「…あの、リズ様。僭越ながら宜しいでしょうか」
「ラピス?改まって、どうしたの?」
「大変申し上げにくいのですが…、ここには暗部も居ます。リズ様が直接レオナード様を守りたいと思われるお気持ちは尊いものですが、リズ様が無理して体を鍛える必要はございません」
世間一般で見ても、事実として、貴族女性はあまり筋トレを好まない。
極端に好み過ぎるとハブられるなんて話も小耳に挟むほどだ。
そのあたりも踏まえてラピスが言うと、リズはうーんと唸った。
「……もちろん、彼らの腕を信頼してるよ。でも、レオだけは…弟だけは絶対に失いたくないの。だから、心配性な姉の悪足掻きってことにして?そうしたら、誰よりも強くなってみせるから」
「誰よりも…ですか?ではリズ様は騎士志望で…」
それはまた突拍子もないことを言いだすな、でもこの人ならやりかねない、と侍女三人の暗黙の了解が働く。
しかし、リズは、そんな気はさらさらなかった。
「ううん。勉強も魔法も運動も、誰にも負けない…負けたくない」
「「「……えッ?」」」
侍女達の脳内が一瞬で疑問符に埋め尽くされる。
(ど、どこの範囲ですか?リズ様…えっと、ご令嬢方の…ですよね…?)
(無謀…?いや…リズ様だし…なんたってあのリズ様だし…。でも、騎士特化の家も、魔法特化の家も、勿論政治や勉強特化の家だってあるわけですけど…、まさか…ね?)
(ぜんぶ……?全部?それは…その三つですよね?まさか政治とか、そういう突拍子もないところまで行く気なんですか、あなた……⁉)
しかし誰の声も空気と化す。なぜなら、リズの答えを聴くのに、勇気がいり過ぎたからである。
(((あれ、私の主人、もしかして…、ヤバい?)))
時すでに遅し。爆弾を落とした当の本人は、何食わぬ顔で優雅に麦茶を飲んでいる。
「リズ様」
「うん?なに?」
そして、そんな主人にあてられ、無理矢理現実逃避しようとした三人は、奇跡的に、ある一つの結論に達した。
「大丈夫です…!このリリー、リズ様がそのようなお年頃だったとしても、この先、どうなろうと…、生涯お仕えさせて頂きますから‼」
「私もです。それにしても、いくら大人びたリズ様とて、そういう夢を見たくなるものなのですね…」
「ふふ、アンナは安心いたしました。リズ様にも、まだそのような子供らしい部分が残っているのだなと、そう思うと……」
そう、リズが夢見がちな少女――つまり“廚二病”である、という結論に至ったのだった。
俺TUEEEEをやりたいお年頃なのだと、そう無理矢理思い込むようにしたのだ。
「……えっ?いやいやいやいや、ちょっと待って。な、何か勘違いしてる?」
「そんなに隠さずとも。大丈夫です。誰にでもそのような時期は来ます」
「ううん、違うの。あのね、私は本気で――」
勿論本気で言ったリズは、そういう受け取られ方をするとは思っていなかったので慌てて弁明するも、照れ隠しだと悟ったような表情で誤解する侍女'sは微笑ましい笑顔を浮かべて聞き流す。
「リズ様…。どんな結果になろうと、その若さゆえの情熱、私達は誠心誠意、応援させて頂きます‼」
「リリーもです…‼」
リズは、同世代のリリーにもそう思われたことが気恥ずかしくて仕方がなかった。
なんたって中身はバリバリの二十二歳。
もう少しで二十三歳を迎えるというところにこれは、控えめにいって拷問だ。
「…違う…違うの!本当に違うからね⁉」
結局、何時間にもわたり、機を見て誤解を解こうとしたリズの頑張りは、見事に水泡に帰したのだった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「ということでお父様。剣の師匠を雇って下さい」
「…すまないヴィオラ。遂に私も幻聴が…」
「奇遇ねあなた。私もよ」
基礎的な体づくりの後は、いよいよお待ちかね、私の武器と師匠を強請る番だ。
ということで私は、頭を抱える両親におねだりをしていた。
「……はぁ。お前、剣は真面に扱えるのか?」
「持つことも振ることも出来るので、そこから先は師匠に教わりたいと思っています」
「…そもそも何故、あなたが剣を?」
「レオを守るために強くなりたいからです‼」
食い気味に瞳をキラキラさせながら言ってみたのだが、両親は何処となくやつれているように見える。
大丈夫だろうか…?というか、私が来てから、軽く三歳…、いや、五歳は年をとったような…。
エスパーなお母様にぎろりと睨み付けられるが、しらっとしらばっくれる。
心の中だけですみませんでしたと謝っておいた。
「…というか、あなた。なぜ剣なの?」
「え?ですから、それは…」
レオを守るために(以下略)。と繰り返そうと思ったのだが、そうじゃないと首を振られた。
「なぜわざわざ剣なの?鍛えているとはいえ、平均身長しかなく、まだまだ華奢で、おまけに女子のあなたが」
グサッ!グサグサッ!と、言葉が矢印(或いは刃)となって私を刺した。それとなく目を逸らしていたが、実際に言われてみるとぐうの音も出ない。
「ご尤もです…」と潔く折れた私に、お母様はやれやれとかぶりを振った。
(だ、だって……異世界ファンタジーものの、格好良く女騎士みたいに剣を振りまわす気高いご令嬢に憧れてたんですもん…)
特に高身長でもなく筋肉質というわけでもなく、ただちょっと鍛えて調子に乗っている若造である。
まあ、誰にも分かるほどの夢見がち女子だった。
結局その夢は今まさに散ろうとしているわけだが。
「……憧れる気持ちは分かるわ。しかし強者を目指すのであれば、あなたに剣は向いていない。高みに行ける確率は、かなり低いでしょうね」
「はい……」
分かっている。
これは、お母様の愛の鞭で、あとで私が後悔しないように諭してくれているんだと。
「…厳しいことを言うようだけれど、この件に関しては、ヴィオラの言う通りだ。リズ」
「……」
「ただ無理にとは言わない。お前がどちらを取るかだ。夢か、力か」
格好良く剣を振る令嬢になるという(異世界エンジョイ勢としての)夢。
そして、レオや、大切な人達を護るための力。
どちらを取るかは、はかりにかけるまでもなかった。
「…では代わりに…、私に、ナイフの師匠をつけてくれませんか?」
泣く泣く剣を諦めた私は、今度こそ、自分に合う得物で勝負することに決めた。
武芸というだけでもう少し渋った両親だったが、最終的には、仕方が無さそうに微笑み合って、本当に渋々、折れてくれたのだった。
両親も大概、私に甘い。
そして、数秒後には、私に教師が付けられた。
歴史に名を残せるんじゃないかと思うほどの鬼教師――、否、鬼教官が。




