24.筋肉痛という悪夢
――ごんっ!がんっ!ばらららららっ‼
「~~~~…つ~っ…‼‼‼いっっっだああぁぁあああ⁉⁉⁉」
リズの大絶叫が、屋敷に響いた。その経緯は、昨日まで遡る。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
リズは、屋敷の一角にある、レイナー家当主の趣味部屋に訪れていた。
その部屋は三階に位置しておりガラス張りだ。カーテンはついているが普段はオープンしたままであることが多い。
また、その部屋には、様々な魔道具があった。
魔道具とはその名の通りの魔法を付与した道具のことだ。
その部屋にあった魔道具は、自転車の形をしたもの、自動で動く床、叩いてくださいと言わんばかりの、天井から吊り下げられた赤い硬いクッション(破壊不可の防御魔法付与がされている)など様々だ。
でも、どこか見覚えがあった。
――そう。もう皆さんお気づきだろう。リズも、一拍置いて呟いた。
「…いやもうこれジムだよね⁉」
ダンベルのような鉄の塊に、どう見てもランニングマシンやボクシング道具としか思えないものまでずらりといっそ気持ち良いぐらいに完備されている。
筋トレ道具はほぼコンプリートしているし、ボクシンググッズも隅の方に結構あった。
(まさかのお父様の趣味は筋トレ……どおりで…どおりでチラ見えしたお腹がシックスパックだったわけだ‼)
一応は美貌の公爵様として今も尚騒がれている我が父に、リズは、娘として惚れ直した。
あそこまで完璧なバッキバキのシックスパックはなかなかお目にかかれないし、そもそも前世でも見たことがなかったので興奮しきりだったリズは、おねだりにおねだりを重ね、この部屋を自分も使う許可を捥ぎ取ってきたのだ。
そしてリズは、前世の懐かしさと見事なシックスパックの魅力に浮かされながら、元気にそこらを跳ねまわった。
子供だということもあり、いくら脆弱でも元気と体力だけは有り余っていたのだ。
それがよくなかった。
……皆さん、お分かりだろうか?
ただでさえ脆弱な人間が、一気に運動をすると、どうなるか。
運動したらしただけ襲い来る、あの悪夢。
人類である以上、一度はほとんどの人が経験しただろうアレ…。
――そう、リズは今、筋肉痛という名の悪夢に、苛まれ続けているのである…‼
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
翌日、無事筋肉痛になったリズは、思うように動けず、先程から家具にぶつかってばかりいた。
大絶叫の原因も、本棚に運悪くぶつかり、その本が頭に直撃したあと、盛大に降って来たことにあった。
当たり前だが、リズは過保護な侍女三人にベッドへ強制送還された。
「ううう……調子、乗り過ぎた……」
夏に暑すぎて半袖短パンになり、アイスを何本も一気に食べてお腹を下したときのような心境に、リズはなっていた。
侍女三人の視線に居た堪れなくなったので、顔まで布団をあげながら。
「リズ様?リズ様がお体を大事になさらないと、みんな心配で仕事に身が入らなくなってしまいます」
「そうですよ、リズ様!」
「うぅぅ……」
何も言い返せないリズは、よりぎゅっと縮こまる。
「それに、リズ様。リズ様がやんちゃばかりしていては、レオナード様がリズ様を見習って、危険なことをやり始めてしまうかもしれませんよ?」
「そ、それはダメだ……‼でも、アンナ……、私を真似してくれるのちょっと嬉しいかも…」
「「「ダメブラコン」」」
まさかのリリーの参戦にがっくりと項垂れるリズ。
侍女三人は、リズの扱いをよく分かっていた。
「あ~あ…。でも、せっかく重い腰をあげて運動頑張ったのになぁ。これだから運動は…。一気にやれないから厄介なんだよ」
「リズ様の頑張りは分かっています。ですから、今は回復を一番に考えて、おやすみになってください」
ラピスが仕方のない子供をあやすようによく言い聞かせると、リズは意識が落ちかけていたので、渡りに舟だと喜んで頷いた。
約半年前から急に別のベクトルの問題児になった主人を、三人は、それぞれの想いを抱えながら見つめ続けた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「よーーーーしっ‼今日は朝から筋トレだーーーっ‼」
「よく懲りませんね」
「これでも気力振り絞って頑張ってるんですけどね⁉」
そうなのだ。
リズはその快活で愉快な性格から、何かとアクティブな方に捉えられがちだが、本人はしっかりインドアである。
それはもう引き籠もりで、バイトや学校がないときはずっと家の中にいた。
更に言うと、リズはあまり運動が好きではない。
リズに言わせてみれば、筋肉が壊れて修復されるときに強くなるという原理が信じられなかった。
持論は「なんで体力増やすために疲れなきゃいけないの」だ。
(でもやるしかない…!なんたって、私にまた弟が出来たんだから!しっかり守れるようにならないと‼)
目指すは高潔な女騎士。或いは毒を持っていそうな魅惑の戦闘系令嬢だ。
そうと決まれば、リズの行動は早かった。
リズは、覚悟を決め、基礎中の基礎である腕立て伏せを始めた。
地味~で辛~い地獄が、華奢な腕の震えとなってリズを虐める。
腕立て伏せは、回数を多くこなすのは勿論のこと、深く曲げることも出来なかった。
「い~…ち、に~……いっ」
「り、リズ様!頑張って下さい!」
「…さー…んっ、しー…いっ、ごー…おっ」
これは、リズの意地も絡んでいた。
美女三人に応援されて応えられないという情けない結果には絶対にしたくない、という思いと、単に無様を晒したくないという、なんとも子供らしい意地。
実はリズは、こんな風に意地を張ることが多かった。
そして今回も、その例に漏れなかったわけで。
「…はーちっ、きゅーうっ、じゅう!じゅーいち、じゅーに…」
結果的に、リズは、どんどん後にひけなくなっていった。(や、やばい、うで、腕がつる)と体からの正しいSOSを受け取っても尚、意地が邪魔をしてリタイア出来ない。
「……じゅーよんっ、じゅーご、じゅーろくっ、じゅーしち……っ」
(あ、なんか、あたま、がんがん……)
ずきずきと頭痛がしてくると同時に、頭に心臓が移動してきたかのような錯覚に陥る。
しかし主人のそんな様子を、ベテラン侍女二人は見抜いていた。
ラピスは(リズ様も大概意地っ張りね)と生来の性格を見抜き、アンナは(リズ様が運動苦手という理由、これもあるのでは……)と図星を突いていた。
「リズ様」
「にじゅ、なな……っ…うん?どうし、たの?」
「少し休憩にしませんか?良い茶葉が入ったとのことですので」
大人の笑顔で接してくれるアンナ(21)に、リズ(実年齢22)は全く気付かず、それどころか渡りに舟でラッキーといった調子で「もっちろん!」と元気よく返事をした。
そんな困った主人のことを、侍女達、いや、この家の人達は、まるでうまれたての子猫のように、大事に大事に可愛がるのだった。




